お酒の利用法

 ブラジルへ来て早10年以上の年月を数えるが、いまだポルトガル語は難しく、当地にある日系老人クラブが運営しているポルトガル語教室に通っている。このポ語教室、先生は2世で日本語もポ語も完璧なバイリンガル。生徒は1世のお婆ちゃんたちで、平均年齢はざっと70歳は下るまい。皆、ブラジル在住40年、50年というツワモノばかりだが、田舎の日本人移住地などで暮らし、日本人ばかりの中で生きてきたためにポ語を必要とせずに生きてきた。仲よしクラブかお茶飲み友だちの感があるクラスではあるのだが、授業も会話実践でそれなりに聞き取りレベルは高い。また、ブラジル暮らしの智恵や人生の機微などを聞く事が出来て、授業以上に魅惑的だ。
 先日は肌の綺麗な先生が肌の手入れの話となり「友人は私よりもつやつやすべすべの肌だが、お手入れは日本酒にアロエを漬けた化粧水を使っているだけ」ということを言って、その後、酒粕の利用法やら甘酒の話題で盛り上がった。ブラジルは年中暑いので、甘酒も冷蔵庫で冷やして飲む人が多いようだ。高齢女性ばかりのポ語教室では、単に飲むのではなく、酒の利用法もずいぶんと違うものだ。
 その他にも、アマゾンに長く住んでいたという女性は当時、冷蔵庫が無く、酒粕を味噌に入れて味噌の粕漬けの元を樽いっぱい作り、そこに魚を保存し食べていたという。考えてみれば、はるか昔の日本人の智恵である。それがそのまま田舎の移住地で生かされていた。
 また、ある日本食レストランの味噌汁はコクがあってとても美味しいのだが、味噌汁の出汁というか隠し味に酒粕が入っている。ここで飲むまで味噌汁に酒粕を入れるという発想は私にはなかったのだが、これはかなりイケる味である。
 海外にいて、日本酒を化粧水にできたり、酒粕が手に入るというのは、当地に酒造会社があるからこそ。戦前に三菱の創始者である岩崎弥太郎がブラジルに作った農場、東山農場で古くから東麒麟というブランドの日本酒が造られている。近年になって、キリンビールと提携し、非常に質の高い日本酒が造られるようになった。
 さらに寿司や焼きソバといった日本食ブームを追い風に現地のお酒、火酒の代わりに日本酒を代用して作られる酒ピリーニャなども若い女性たちに人気となり、醤油を造っていた地場のサクラ醤油という会社が日本酒の製造も手掛け始め「大地」というブランドを立ち上げた。こうした会社がブラジルにあることにより、日本食の売られているスーパーなどでは安価に酒粕や料理酒までもが手に入る。これは本当にありがたいことだ。
 さらに奥地へ行くと、自分で味噌から醤油、納豆、豆腐、さつま揚げや日本酒まで手作りしている人が結構いる。つい先日もミナスジェライス州という日本人の少ない地域に住む男性が自分で造ったどぶろくを持って来てくれた。この男性もどぶろくを造って、酒粕を触った後は手がすべすべになるといっていた。日本酒の美肌効果は大したものである。彼は子供の頃、九州の田舎で祖母と暮らしていて、色々と教わったらしい。その技術がブラジルで役立ったわけだ。何でもある便利な日本に比べて、「何も無い」ということは智恵と技術を生かすものなのだなぁとつくづく思う。
 さて、醤油やどぶろく造りは無理としても、アロエ化粧水や冷甘酒ぐらいなら私にも出来そうということで、早速、酒粕やブラジル製日本酒を購入。庭に生えているアロエたちを切り刻み、日本酒に漬けてみた。化粧水の結果は如何に? 後日、私を見た人にだけ分かる……かな?
(サンパウロ在住・おおくぼじゅんこ)

月刊 酒文化2010年11月号掲載