選挙投票日は酒類販売を禁止

 w杯南アフリカ大会では早々のブラジル敗退で、すっかり盛り上りに欠けてしまった。だが、今年はビッグ・イベント、大統領選をはじめとする全国統一選挙が残っている。
 九四年に、それまでのハイパー・インフレを止めるきっかけとなった「レアル貨幣導入プラン」の実施で、国民の支持を得たカルドーゾ元大統領(PSDB ブラジル民主社会党)。
 それに対抗した金属関係労組出身のルーラ氏が、〇二年一〇月に大統領に当選してからは、国内では「最低賃金の引き上げ」や「飢餓ゼロ計画」を実施するなど、特に低所得者層の人気を得るための政策が功を奏してきた。
 前回は、現大統領のルーラ政権の与党のPT(労働者党)からは、前官房長官のジルマ・ロウセフ女史が候補に推された。対する野党PSDBからは前サンパウロ州知事のジョゼ・セーラ氏が出馬し、選挙戦は繰り広げられた。
 四年に一度、W杯が開催される年の一〇月にブラジルでは、大統領選をはじめ、連邦上・下院議員、州議員の全国統一選挙が一斉に行われる。選挙は国民の義務で、選挙を行わないブラジル国籍者は罰金の対象となり、パスポートなどが発行されなくなる。また、投票が行われる日は、街角のBAR(大衆食堂)やレストランなどでは、アルコール類の販売が法令で禁止される。我々のような「外国人」の愛飲家にとっては、家の中でチビチビと酒を舐め、面白くない一日を過ごすことになる。
 「レアル・プラン」が導入された九四年の一〇月、私は日本人の友人たちとパラナ州南部にある「ビラ・ヴェーリャ」と呼ばれる奇岩が林立する州立観光公園に遊びに行った。それはちょうど全国統一選挙があった時で、こうした観光地のレストランでさえ、アルコール類の販売が禁止されていた。
 店のオヤジに、「我々は、ブラジル国籍を持っていない外国人なので、選挙に投票する必要もなく、ビールくらい売ってくれても良いのではないか」と交渉してみた。すると、そのオヤジも商売っ気があるらしく、困った表情を浮かべながらも我々が座ったテーブルの下から、他の客には見えないようにこっそりとビールを出してくれたのだ。
 この国の法令では、客にサービスをした方が罰金を科される仕組みで、近年、導入された飲食店内での禁煙法も、タバコを吸った客ではなく、吸わせた店の方が取り締まられることになる。
 選挙時にアルコール類を販売しないという背景には、国民の識字率が低いことも一因しているようだ。低所得者層には、文字が読み書きできない人が少なからずいる。そのため、候補者は全員、数字による番号を取得し、有権者はボタン方式でそれらの番号を入力すれば投票できる簡単なシステムとなっている。日本のように、各政党や候補者の名前を自分で書くという方式は、ブラジルではまだ難しい。
 そのほか、対立する候補者の取り巻きが酒に酔ってケンカにならないように配慮されているからだとか、アルコールを使った選挙違反を行えないように酒類の販売を規制しているというのだという話も聞く。しかし、ブラジルは政治家の汚職などが日常茶飯事に行われている国だ。ブラジルに住む我々「外国人」には、「普段からいい加減なのに、選挙の時だけ無理にアルコールを規制しても意味がない」と、本当のところ思うのだが・・・。(おおくぼこうじ・サンパウロ在住)

月刊 酒文化2010年09月号掲載