新しい火酒の飲み方

 「梅酒、飲む?」と聞かれて、ふたつ返事で「飲む、飲む」と大喜び。「ブラジルにも梅酒があったんだぁ」と感激したのも束の間。出てきた梅酒は、私が知っているものとは違っていた。「えっ、これ、梅酒じゃなくて、梅ピンガじゃない!」と思わず叫んだ。
 ブラジルの梅酒は日本の焼酎ではなく、サトウキビからつくられたブラジルの焼酎「火酒」で漬けたものだった。これは私がブラジルに来た当初の実話。
 ちなみに今までのレポートでは「火酒」と書いて「カシャーサ」と紹介してきた。これは最初に火酒を紹介した方に則ったのだが、実はサンパウロ周辺では圧倒的に「ピンガ」と呼ぶほうが多い。
 日本人、日系人の間では、この火酒を梅のみならず、さまざまな物で漬け込んで飲む人がかなりいる。例えば、コーヒー豆、ガラナの実、ビワ、ライム、ざくろ、オレンジ、あんず、パイナップル、マンゴ、パパイアなど、ありとあらゆるもので漬け込むことが可能だ。ブラジルは果物もハーブも豊富なので、果実酒もハーブ酒もつくり放題。
 実際に私が見たり、飲んだりして一番驚いたのは、捕まえた蛇を火酒に漬けたもの。男性陣がニヤニヤと笑いながら、「これは男に効くんだ」と豪語していた。毒のある蛇のほうがいいらしい。
 その他にもアマゾン地方に行くと、ムイラプアマ(マラプアマとも呼ばれる)という木の根と茎があり、それを漬け込んでいる人も多い。このムイラプアマは日本にも輸出され、栄養ドリンクの「ゼナ」や「ダダン」にも配合されている強壮生薬だ。ブラジルではこれを火酒に漬け込み、健康維持や病気の回復、滋養強壮にと飲んでいる人もいる。もともとアマゾン地方に住むインジオ(先住民)が処方していた自然の生薬だ。
 同じようにガラナの実やアサイと呼ばれる鉄分豊富で、世界のアスリートたちの間で今大流行しているアサイ椰子の実も火酒に漬け込む。これらを飲むことで健康維持に、いや、酒飲みの言い訳にしている人もいる。
 また、私の知っているお宅では、ご主人の飲み過ぎを心配して、ビールや他のアルコールは奥さんが禁止しているが、手製のジェニパッポというカリンによく似た実を漬け込んだ火酒だけは飲むのを許可している。このジェニパッポ酒は喉によく、風邪やカラオケなどで喉を痛めた時にもよく効くとの事で、愛飲している日系人は数多い。
 その他、我が家にも頂き物のビワ酒が置いてあり、自分でつくったアサイ酒やムイラプアマ酒、ガラナ酒、梅酒が並んでいる。ただ、最近、梅酒だけは日本食料品店で日本からの輸入で本物の梅酒が手に入るようになったので、日本製の梅酒と梅ピンガとを分けて言うようにしている。この梅酒と梅ピンガ、違いはやはり味で、梅ピンガはどうしても日本で飲みなれた梅酒の味をイメージして飲んでしまうと、火酒の味が強くて濃く、ちょっとピリピリするような感じがする。また、氷砂糖がなかなか手に入らないため、砂糖抜きで漬け込むことが多く、どの漬け酒も甘くはない。
 しかし、梅干の梅すら、ほんの15年ぐらい前までは手に入らない貴重品だった。現在81歳になる台湾人の孫河福さんが台湾梅の栽培をブラジルで成功させるまで、移民の人たちは梅干の代用食品としてビナグレイラ(別名カルルー・アゼード、スグリ)の花を塩漬けにして食していた。だから、現地産の梅と火酒で梅ピンガが飲めることすら、当時から考えれば、贅沢なことのかも知れない。輸入品がこんなに出回る前、ほんの10〜15年ぐらい前までは、本当に日本食は貴重なものだった。だから火酒を日本の焼酎と見なして、さまざまな果実酒をつくったのだろう。それが、今度は逆に「新しい飲み物」として日本に定着したら面白いと思う昨今だ。
(おおくぼじゅんこ・サンパウロ在住)     ■

月刊 酒文化2010年04月号掲載