国を挙げての応援、W杯

 まもなくサッカーW杯南アフリカ大会が始まり、この記事が掲載される頃には一番の盛り上りを見せていることだろう。5回も優勝している「カナリア軍団」ことセレソン(ブラジル代表)を応援するブラジル国民のW杯優勝に懸ける期待は凄まじい。
 ブラジル代表が出場する日には、サンパウロでは、目抜き通りや公共の広場などに大型TV画面が特設され、10万人前後の群集が詰めかける。その間、街の機能は停止。試合の最中は通りに車や人の姿が見えなくなる。午後から試合がある平日などは、その2時間前には仕事を終えて、事実上、休業状態だ。日本からの駐在企業でもブラジル人職員を意識して帰宅させなければ、反感を買って仕事に影響をきたしてしまうほど、W杯はブラジル国民にとって重要なものだ。
 大型TVを食い入るように見る群衆たちにとって欠かせないのは、ビールなどのアルコール飲料。会場では、屋台風の店がシュラスコ(ブラジル式バーベキュー)を焼いたりし、とうもろこし売りやポップコーンの屋台が出現し、アルコール類も販売される。大きな発泡スチロールの入れ物に氷を入れ、ビールやコカコーラを売り歩く露店商が現れる。シュラスコ屋台の脇ではブラジルの安焼酎、火酒も販売する。多くの人々は缶ビールを片手に試合に一喜一憂するのだ。
 少々、高級志向になると、ショッペリア(生ビールを飲ませる比較的おしゃれな店)風の飲み屋やレストランに家族や友人たちと立ち寄り、ブラジル代表の黄色いTシャツを着て、飲食しながら応援を行う。この時期、こうした店が増え、壁に掲げられた薄型TVを前にブラジル国民たちは大騒ぎする。ブラジルでのTVの買い替え時は、圧倒的にW杯の時だ。
 サッカーそのものの試合はもとより、こうしたブラジル人の動きを見ているのも楽しい。ブラジル代表が点を入れようものなら、「ウオーッ」という低音の雄たけびが響き、「ドドーン、パンパンパン」とあちこちで花火が挙がるは、「ブオーッ」というラッパ風の鳴り物は鳴らされるわで凄まじい喜びの光景となる。
 試合に勝った後などは、必ず各場所でフェスタ(祭り)となり、人々は誰彼構わずに踊り、ビールなどアルコール類を飲みながらさらに盛り上るのである。こうしたことを予想して、自家製のカイピリーニャ(ピンガにレモンなどを入れたカクテル)を作ってきては、それを皆で回し飲みするなど、人々の歓びは頂点に達する。そして、人々が飲み干した空き缶を集めて歩く貧しい人たちも絶好の稼ぎ場となり、思ったほどには空き缶は散らからない。
 1994年にブラジルが優勝した際の歓喜ぶりは凄かった。その日、道の一部が歩行者天国となっていたビジネス街のパウリスタ大通りでは、「ブラジル!ブラジル!」の大合唱となり、大粒の涙を流して感極まっている人もいれば、隣の人達と抱き合って喜んでいる人もいた。その後、大型スピーカーを積んだトラックが来て、人々は音楽に合わせて終日踊り狂い、通りは完全に祭りの場と化した。
 その反面、98年のフランス大会でブラジル代表が決勝戦で敗れた際は、会場の人々はシーンと静まり返って、大衆は無言のままとっとと帰ってしまった。「準決勝で良い結果を残せた」という日本人の感覚にはほど遠く、ブラジル人には優勝しなければ意味がないのだ。
 W杯がある4年に1回のこの年にはまた、必ず大統領選挙が10月に行われる年でもある。数十年前から「未来の国」と言われるブラジルだが、人々は政治家にサンバのごとく踊らされっぱなしの状態が続く。近年ではBRICsの一員として対外的なブラジルに対する表面的な評価は上っているものの、本当の意味での庶民の生活は良くならない。
 2014年のW杯開催国となった時、ブラジルが本当の意味での「未来から現在の大国」となっているか否かは「神のみぞ知る」といったところか。
(おおくぼこうじ:サンパウロ在住)      ■

月刊 酒文化2010年07月号掲載