嵐の後でバハリナを飲む−レイテ島

 フィリピン・レイテ島は一三年一一月、台風ハイエンがもたらした高潮によって多くの被災者が出たことで日本でも注目を集めることになった。その悲劇の舞台となってしまったレイテ島であるが、この島を訪れた人は実に美しい島であることに驚くであろう。中心都市タクロンバンと空港の間に広がる青々とした内海は陽の光をキラキラと反射させている。その内海の波が洗う壊れた家々の跡地では、今では若い漁師たちが売り台を並べ、てらてらと銀色に光る魚を売っている。
 この新鮮な魚を使って市内ではレストランが再開している。市内きってのシーフード料理店オチョ・シーフード&グリルは特に人気があり、援助関係者を含め多くの客が集まってきている。この店のシーフードグリルもよいが、絶品と言えるのはキリナウというレイテ島の郷土料理であろう。白身魚の刺身にココナツミルクと酢を和えたマリネで、サンミゲル・ビールともよく合う。
 さてレイテ島の地酒の話に入ろう。インディペンデンシア通りの被災世帯にインタビューをして歩いていると、一軒の雑貨屋の扉が目に入った。「トゥバ」(椰子酒)と朱色のペンキで大書されている。喜び勇んでご主人に「トゥバはありますか?」と尋ねると、にやりと笑って「あるよ」という。ご主人はカウンターの下からポリタンクに入った赤黒い液体を取り出しながら、バハリナという酒だと説明してくれた。ハーフガロン(約一・九リットル)を購入すると、赤ん坊を抱えた奥さんがどこからかコカコーラの空ペットボトルを持ってきて入れてくれた。「エンジョイ、バハリナ!」と雑貨屋のご一家はお店の出口でにこやかに手を振ってくれた。
 宿でグラスにバハリナを注ぐ。バハリナは赤黒く濁っており、味は苦く、ほのかに甘い。アルコール度数はビールほどか、五〜六度ほどであると思われる。著名なレイテ島の研究者ヴィクトリオ・スガボ博士は『フィリピン文化センター(CCP)事典』のなかでバハリナについて解説をしている。要約するとバハリナとはレイテ島、サムール島のある東ビサヤ地域を中心に製造されている伝統的な椰子酒である。バロクというマングローブの一種を加えて、椰子の樹液を発酵させ、更に熟成させたものであるとのことだ。また台風前からタクロバンには多くのバハリナ工場があり、業者のホームページにはさらに詳しい製造法の記述がある。まず開花前の椰子の花芽を切り取り、その茎をバロクの入った竹筒の口に差し入れて置く。すると樹液がその竹筒に滴り落ちる。樹液は一日あたり一ℓにもなるという。その樹液を三、四日毎に澱を捨てながら自然発酵させ、一年ほど熟成させるとバハリナとなる。
 現地でのバハリナの飲み方であるが、これは調査助手をしてくれたフィリピン大学の学生が教えてくれた。バハリナはコカコーラで割って甘くして飲むのがタクロバン流の飲み方であるらしい。ヴィクトリオ博士が砂糖や卵を入れた椰子酒について記録しているので、甘くして飲むという伝統がコーラに引き継がれたに違いない。その学生が更に付け加えた。「とにかくコーラはたくさんあるんだ。タクロバンには東ビサヤ地域で最大のコカコーラ工場がある。台風の後で清潔な水が無くなってしまった時にもコーラだけは浴びられるぐらいあった。実際にその時は工場に散乱していたペットボトルのコーラで顔を洗ったんだ」学生は屈託なく笑った。
(にしだまさゆき・バンコク在住)
2015年特別号上 掲載

月刊 酒文化2015年04月号掲載