深夜の酒規制 多民族国家の事情

 かつて海賊が根城とする島だったシンガポールは、高層ビルが建ち並び、東京、香港、ソウルなどと並ぶアジア有数の大都会に成長した。世界中の名だたる企業や有名投資家が集まり、人気観光地としても知られている。酒も高級ワインにはじまり日本酒の種類も豊富で、世界中の大衆向けのビールも集まっている。
 シンガポールは管理国家としても有名だ。政府は自由競争の環境を整え、起業に対しては極めて効率的に支援を行うが、社会秩序の維持にも相当な配慮をしている。非常に治安がよく、夜遅くに女性が一人歩きやジョギングをしている姿を見ることも珍しくない。
 こうした特性を考えると観光や企業進出に打撃を与えかねない、酒の強い規制の導入には慎重になる。企業は進出する際に、自由な環境で駐在員にフレンドリーな国を選ぶし、観光客は楽しく酒を飲みたいものだ。しかし酒は時に喧嘩やアルコール中毒といった、社会問題を引き起こす。そこでシンガポールが打ち出したのは、酒の輸入を自由にする一方、高い酒税をかけ、販売の時間と場所を制限するという方針だ。
 シンガポールの酒は高い。日本では数百円でそれなりにおいしいものが買えるが、シンガポールでは一番安いワインが約二〇シンガポール・ドル(一六〇〇円強)もする。レストランでも高い。東南アジアの安いビールが、ロンググラスで(大ジョッキではない!)七〇〇〜八〇〇円はする。ビールはグラス一杯一〇〇〇円だと思っておいた方がよい。
 そして深夜の販売規制である。昨年四月から夜間の酒の販売が制限された。二二時三〇分から翌朝七時まで、小売店は酒を販売できない。レストランでは飲めるが、夜遅くに友人と「じゃあ、続きは家で飲もうか。コンビニに寄って買っていこう!」と盛り上がることはできない。
 同じ時間帯に公共の場(駅、道路、歩道、公園、広場等)での飲酒も禁止となった。違反すれば八万円強の罰金、再犯だと罰金が二倍、または最高三年の禁固刑が課せられる。
 ここまで厳格な規制を導入した背景には、この国が狭小な国土に華人系、マレー系、インド系が住む多民族国家であることがある。多民族国家は国の文化を豊かにする一方、相互理解と配慮が必要だ。小さないざこざがきっかけで、大暴動に発展することもある。治安が悪化すれば投資や観光に悪影響が生じ、最悪、国家が崩壊する危機も想定される。
 シンガポールが「行き過ぎ」と批判されるほど厳しい管理をするのは、国家秩序を守るため。今回の酒規制は、二〇一三年に発生した外国人労働者の暴力事件が背景にあるとされ、事件に関わった者は泥酔していたと言われている。
 日本の酒好きにはシンガポールは窮屈に見えるかもしれない(タバコも高い)。しかし、この国なりに自由と規制のバランスをとろうとしているのだ。シンガポールでは、酒は高いお金を払って健全に楽しむものと心得なければならない。
(かわばたたかし・シンガポール在住)
2016年特別号上掲載

月刊 酒文化2016年06月号掲載