夢かなえるシェビーン〜闇酒場からの出発〜

 ヨハネスブルグから南西約二〇キロの位置に、ソウェト(SOWETO)という町があります。アパルトヘイト時代に生み出された黒人居住区で、ネルソン・マンデラも若き日をここで過ごしました。
 ソウェトでは多くの反アパルトヘイト活動家が、解放運動の計画を練り理想的な国家について議論を重ねました。しかし、当時黒人はどこに行くにも身分証明書の携行を義務付けられ、集会を開くことや夜間の外出は禁止されました。このように日常の行動が制限されたなか、活動家たちはどのようにして思想を広めたのでしょうか。その活動に一役買ったのが闇酒場でした。
 アパルトヘイト時代を描いた映画をみると、薄暗いバーやダンスホールで交わる黒人の姿が映されます。そこに突然、「ポリス!」の声。人々は一目散に逃げます。ある者はフェンスを越え、またある者は茂みに隠れ警察が通り過ぎるのを待ちます。これは脚色された映画の世界だけの出来事ではなかったようです。
 「あの時代はそんな光景は日常茶飯事。人種の違う君と僕が同じ部屋にいるだけで罰せられた時代だ」と語るのは五〇歳半ばのサベロさん。サベロさんはアパルトヘイト時代から闇酒場を経営。何度も警察につかまり、酒を没収され罰金をとられました。それでも店を閉めることは考えなかったと言います。「仲間が集まって酒を飲んで話す。それの何が悪いっていうのか。警察につかまるのもすぐに慣れっこになった」と、当時を振り返ります。
 この闇酒場のことを南アフリカでは、アイルランド系の移民の言葉で「シェビーン(Shebeen)」と呼びます。アパルトヘイトが終わった今でもその言葉は残り、闇酒場だけでなく認可を持つ小さな酒場もシェビーンと呼ばれます。現在はサベロさんも許可を取り営業しています。誰にも邪魔されずにお店を持つことは長い間サベロさんの夢でした。
 二件目に訪れたシェビーンは「ハッピーズ・プレイス」。外見は普通の民家ですが、入口を抜けると中庭のスペースにビールを持った男たちが一〇人ほど集まっていました。テーブルもメニューもなく、ただプラスチックの椅子がバラバラと置かれています。客の職業は軍人、警察、タクシー運転手など様々です。
 シェビーンを経営するのはほとんどが男性ですが、この店を仕切るハッピーさんは一五年前に女手ひとつで店を立ち上げました。ビールのケースを頭にのせて運ぶ彼女をみて周りの人は指を差して笑ったそうです。夫に捨てられ子供二人を育てるには、周りから何を言われても気にせず、自分の仕事にプライドを持って夢中で働くしかなかったといいます。気づいたらお店は軌道にのっていました。
 そんなハッピーさんの悩みはプライバシーがないこと。家と酒場が隣接しているため、時間を問わず客が彼女を訪問します。大学に通う子供たちが独立したら、貯めたお金ですこし離れた場所でゆっくり暮らすのがハッピーさんの夢です。
(たかざきさわか・ヨハネスブルグ在住)

月刊 酒文化2009年03月号掲載