コズモの魅力

男を誘う酒というのがあるらしい。
先週、女友達ふたりと、とある日系団体主催のディナー・クルーズに招かれて行ったときのことだ。
三人揃って肩書きばかりはやけに威勢がいいものの、その実、日増しに衰える容色と、それと反比例して増えるストレスを、パーティドレスと矯正下着に押し込んで、めいっぱい気取って出かけたまではよかったが、いざクルーザーに到着してみれば、主催者側の不手際で、席は満席、お目当てのビュッフェ料理は残りわずかというていたらく。やっとのことで席を確保した私たちは、三〇分も行列に並ばされた挙句、ローストビーフ一切れと付け合せ野菜のみという、質素なディナーにありつくことができた。朝昼抜かして、その夜の食べ放題ディナーに命を賭けた私は、お腹は鳴るし、目は回るしで、まったくのとほほ状態である。
ええい、こうなったら作戦変更だ、今夜は死ぬまで飲んでやるぞ、と息巻いていたところに、女友達のひとりが、バージンロードを歩む新婦のごとく嫋嫋(じょうじょう)とした腰つきで、マティーニグラスになみなみと注がれたピンク色のカクテルを運んできた。
聞けば、ここのバーテンダーに、いま一番若い女性に人気のあるカクテルは何かと訊ねたところ、このコ
スモポリタンを勧められたらしい。
「何でもこれを飲んでいると男性が近寄ってくるみたいだよ」と彼女。
それを聞いて、もそもそしたローストビーフを所在無く口に運んでいたあとのふたりが、あたふたとバー
に駆け込んだのは言うまでもない。ウォッカにホワイト・キュラソー、クランベリージュース、ライムジュ
ースを混ぜてシェイクしたコスモポリタンは、人気TVドラマ・シリーズ『セックス・アンド・ザ・シティ』のなかで、コラムニストに扮する主役のサラ・ジェシカ・パーカーが、毎晩飲んでいたカクテルだ。ニューヨーク流に言うと「コズモ」となる。
コズモに媚薬のような効き目があるというのは眉唾物だが、急進的な都会派ウーマンという印象を与えることはあるかも知れない。少なくとも、カウンターの隣に座った男性に会話の糸口を進呈することは確かだ。
今春六シリーズめを終了した『セックス・アンド・ザ・シティ』は、マンハッタンを舞台に、四人の三〇代女性が、さまざまな男女関係を通して新しい女性の生き方を開拓していくという筋立。主人公たちのファ
ッションやライフスタイル、価値観が、世界中の未婚女性にセンセーショナルな影響を与えた。
とりわけ、コズモの人気には目を見張るものがあり、シリーズ中、アメリカ中のバーやレストランで、コズモが飛ぶように売れた。実は、この裏には、飲酒を忌む消費者団体からの圧力によって、全米ネットワー
クTVにコマーシャルを流すことができない某大手ウォッカ・メーカーが、番組の視聴率向上にテコ入れしたという噂もあるが、ドラマの人気に乗じてコズモをヒットさせたのは、他でもないレストラン・オーナーや
バーテンダーである。
ちなみに、ドラマに出てくる「オニール」というバーは、私の事務所兼住居から歩いて五分という近場に
ある。クルーズの翌日、いつになくめかし込んだ私は、「オニール」のカウンターに陣取ると、サラ・ジェシ
カ・パーカーよろしく、ニューヨーク訛りの英語でコズモを注文した。
その夜は、九時過ぎから閉店までねばってみたが、はたしてコズモの魔力は効かなかった。

(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2004年08月号掲載