ワイン売場の人気者

 アメリカのベスト・スーパーマーケットを三店挙げろと言われたら、迷うことなく、ニューヨークの「ウェグマンズ」と、テキサスの「セントラル・マーケット」(HEバット)、フロリダの「パブリックス」を挙げるだろう。
 面白いことに、三社揃ってプライベート・カンパニー、つまり非上場企業である。株を上場したからといって、急にサービスの質が落ちるわけでもないだろうが、なぜかアメリカの食品小売業界では、全米にニ千、三千のスーパーを展開するナショナル・チェーンより、地元のニーズに照準を絞ったローカル・チェーンのほうが、元気があって評価が高い。
 とりわけ上記の三社は、三鮮のクオリティといい、吸引力のあるMDといい、高度な顧客サービス技術といい、いずれをとっても甲乙つけがたいツワモノ揃いだ。
 もうひとつ、三社に共通しているものがある。ワイン部門が際立っていることだ。さらに言わせてもらうなら、総菜売り場も、ベーカリーも、チーズ売り場も、デパ地下顔負けの素晴らしさなのである。
 先日、そのウェグマンズの最新店を訪れる好機に恵まれた。既存店では、店の隣にワインショップを併設することが多かったが、ダレス店では、新しい試みとして、生鮮売り場から日配売り場に抜ける主通路に、ワイン売り場を設けている。食材や総菜を買った後、ワイン売り場に足を向けさせようというのが狙いだ。
 ユニークなのは、売り場をテーブルワインと高級ワインのニつのコーナーに分け、その間に、グルメチーズの対面式カウンターと、セルフサービスのオリーブ売り場を挟んだことだ。ワインを選んでいる間、嫌でもチーズやオリーブに目がいってしまうのである。
 私が取材した日は、テーブルワインのコーナーで試飲デモを行っていた。呆れたのは、試飲用のワイングラスを片手に、チーズ売り場とワイン売り場を行きつ戻りつしている中年夫婦がいたことである。どのワインとどのチーズが合うかを試しているのだ。が、店員は一向に頓着する様子はない。さすがアメリカだと妙なところで感心してしまった。
 それにしても店員の多いこと。数えてみたら、百平米足らずの売り場に、六人ものスタッフが詰めている。
 棚に留められたカードを見ると、男性の顔写真の横に「このワインもジェフのお気に入りです」と書いてあった。最近、ワイン専門誌に載った格付けをコピーして棚に貼り出す店が増えたが、ジェフというのは有名なワイン評論家なのだろうか。近くに店員がいたので、ジェフが誰かと訊ねたら、暫くして満面笑みの男性を連れてきた。よく見ると写真にそっくりである。ジェフは、この店のワインディレクターだったのだ。
 権威のある評論家より、店で実際に商品を扱っているスタッフの評価を重視する—それがウェグマンズの基本精神だ。買う側にしてみれば、会ったこともない評論家より、目の前で微笑んでいるジェフの意見のほうがよほど説得力があるというもの。アメリカ広しといえど、ウェグマンズほど社員の知識や能力に自信を持っている小売業者を私は知らない。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2004年09月号掲載