店内プロモの落とし処は軽妙なワイントーク

 アメリカで暮らしていて、ときどき思い出すのは、この国が禁酒法を施行した国だということだ。何しろ、いまだに酒類販売店の運営を州が行っているペンシルバニアやユタのような州があったりする。
 私が住んでいるニューヨークも、つい最近まで、日曜日の酒類販売がご法度だった。
 ビールは食品スーパーやデリで売っているし、レストランやバーでワインやウイスキーを出しているので、日曜日といえどまったくアルコールが手に入らないわけではない。が、あちこちのホームパーティによばれることの多い夏季など、わざわざ隣の州まで手土産用のワインを買いに行くとなると、不自由極まりない。
 だからというわけでもないが、酒店に行くと、つい多めにワインを買い込んでしまう。マンハッタンの住居は東京と同じで、ワインラックを置くスペースにも事欠く状態だから、本来であれば買い置きは避けたいところ。しかし、いざというときのことを考えると、どうしても二、三本多めに買ってしまうのである。
 ビールと比べると、ずっと冷遇されていたハードリカーだが、外郭団体が州議会に働きかけてくれたおかげで、晴れてニューヨークでも日曜日の酒類販売が解禁になった。だが、それとて午後からという但し書きつきである。午前中は教会に行ってお祈りをしなさいということなのだ。
 もうひとつ、許可になったのは、店内でのデモ販売である。この間、友人の事務所の引越しパーティによばれ、仕事場近くのリカーショップに寄ったときのことだ。職業柄、どんな店に行っても、品揃えや価格帯を一通り確認せずにいられない私は、オフィス街にあるその店の狭い通路を行きつ戻りつしていた。すると、身の丈二メートルもありそうな、もっさりした大男が、背後霊のようにずっとついてくるではないか。
 こういう状況下で何度も財布をすられている私は、しっかとバッグを抱えると、香港マフィアの情婦よろしく男をねめつけた。と、蚊の鳴くような声で、「あ、あちらで試飲会を開いていますので、もしよければご一緒にいかがですか」と言う。フーッ。だったら最初からそう言えばいいものを、人騒がせにもほどがある。
 今年は、解禁元年ということもあって、連休ともなると、街をあげての試飲イベントでどの店も賑わっている。ここから歩いて一〇分の圏内に四軒の酒店があるが、先日、試しに全部の店を回ってみたところ、気前よく二〇本近くのボトルを開けている店があった。
 試飲会というと、銘柄が限られている場合が多いが、店によっては他の銘柄でもおかまいなしにぽんぽん開けるところがある。お客のほうもノッてくると、三〇分も話に興じた挙句、二箱も注文したりする。それもこれもワイン・ディレクターの才気と度量にかかっているようだ。ワインに目のないお客にとって、知識の豊富なディレクターとの軽妙なワイントークが、何よりものご馳走だからである。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2004年10月号掲載