マンハッタン・ドリンクメニュー考

 マンハッタンのレストランやバーにドリンクメニューがお目見えしたのは、九〇年代に入ってからである。それまでドリンクメニューは、一部の格式の高いホテルのバーや、オリジナルカクテルを呼び物にしたバーやラウンジを除いて、料理のメニューに組み込まれていた。
 一般的なドリンクメニューは、カクテル、ビール、グラス売りのワインからなっている。店によっては、シングルモルトウイスキーやコニャック、そしてなぜか葉巻を入れているところもある。ビールのメニューといっても、生や地ビール、エスニックビールを出していればの話で、どこの店でもおいているビールは、ほとんどメニューには載せていない。
 この四、五年、欧米系のレストランでよく見られるようになったデザートワインや、アマーロなどは、コーヒー・紅茶、ブランデーと同様、デザートメニューのなかで紹介しているところが多い。
 先週から今週にかけて、東京から何組か飲業関係のお客が続き、毎晩のように話題店に足を運んだ。今春鳴り物入りでオープンした某日本料理店では、そのドリンクメニューの豊富さに目を見張った。ワイン、清酒リストはもちろんのこと、カクテルメニューには、酒や焼酎をベースにしたオリジナルも含まれており、そのほかにエスニックビール、グラス売りワインなど、盛りだくさん過ぎてざっと目を通すだけで十分もかかった。加えて料理のメニューが複雑な上、説明書きが英語と来ているので、単なるうどんや丼物が、とてつもなく高尚な料理に見えてくる。同伴した在米一五年の食のプロですら、飲み物と料理三品を決めるのに三〇分を要したほどである。私達が三冊の分厚いメニューと格闘している間、ウェイトレスが三度、注文を取りにやってきたが、それを無視してメニューに没頭した。
 なるほどじっくり選んだだけあって、ディナーは会心のセレクションだったが、食事の後、ウェイトレスが、しずしずとデザートワインリストとデザートメニューを持ってきたときは、うんざりしてしまった。
 定番の清酒や焼酎、日本産のビールだけではなく、アメリカ人が飲みなれたワインやカクテルも一通り揃えたい、と逸るオーナーの気持ちもわからなくはない。しかし、日本料理店でデザートワインまで出すとなると大事である。メニューまで用意しなくても、興味のありそうなお客に、それとなく勧める程度で十分なのではないだろうか。
 その翌日、有名フランス人シェフが経営する「スパイス・マーケット」というレストランに行った。ここのフードのコンセプトは、「東南アジアのストリートフード」、つまり屋台の食べ物のことである。この店でも、ワインリストとは別にドリンクメニューを手渡されたが、カクテル七品、グラス売りワインは白が三品、赤四品と、過不足のない選択肢だった。カクテルもオーソドックスなものに、「シャンハイ・コズモ」(ウォッカ、梅酒、クランベリー)、「ジンジャー・マルガリータ」(サウザ・トレス・アネホ、ライム、生ショウガ、ジンジャーソルト)、「キンカン・モヒート」(バカルディラム、ミント、生キンカン)など、流行のカクテルを東南アジア風にアレンジしたものが並んでいてすこぶるわかりやすい。
 日本人客の、どの料理店に行っても「とりあえずビール」の大輪唱には閉口するが、注文するのに何分も迷わなければならないドリンクメニューというのも考えものである。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2004年11月号掲載