ニューヨークの公開きき酒会

 いやはやものすごい人である。大きな体育館のような会場に、一〇〇〇人もの人が集まっている。肌の色はそれぞれ違うが、みんな幸せそうな、実にいい顔をしている。
 ジョイ・オブ・サケ│私はいま、全米日本酒歓評会がニューヨークで開催した公開a酒会に来ている。
 美味しいもの、目のないもの、わくわくするものを目の前にしたとき、人はこんなにもいい表情をするのかと、今夜、改めて感心させられた。今回出品された日本酒の数は一四七銘柄。長蛇の列に並んだ後、参加者は、会場の入り口で、七五ドルのチケット(当日券は八五ドル)と交換に、酒のリストとプラスチックの猪口を手渡される。リストに目を通すと、米国で販売されていない酒も四〇ほど並んでいる。
 さあてこれからが本番だ。許された三時間にどれだけの酒が飲めるか。客のなかには、三々五々かたまって、あれこれ戦略を練るもの、とりあえず試飲の列に並ぶもの、協賛のレストランが出したブースの前に陣取って腹ごしらえをするものなど、さすがニューヨークだけあって、客の動きも千差万別だ。
 酒を並べた試飲テーブルには、ねじり鉢巻に、いなせなハッピ姿の蔵元さんが詰めている。どなたもすこぶる流暢な英語で、アメリカ人客に自社の商品を説明している。一際目立つ赤ハッピの蔵元さんに話を聞いた。「ニューヨークでもサンフランシスコでも、あまりにもお客さんが熱心なので驚きました」と、嬉しい発見に興奮を隠せない様子。
 会場で前菜を提供していた『wd—50』というレストランのベバレッジ担当者は、「うちで出しているのはアメリカ料理。でも日本酒を注文するお客がどんどん増えています。いま酒は五銘柄おいていますが近々八銘柄に増やす予定」と語る。
 何やら真剣な面持ちで、酒のリストに記しをつけている四〇がらみの男性客に声をかけてみた。聞けば、日本酒を飲みだしてから一五、六年になるという。「ノブ」はもちろん、最近オープンした「パー・セ」や「マサ」にも足しげく通っているというから、どうやら日本食通らしい。「マサ」は、二人で軽く一〇〇〇ドルを超えると言われる高級寿司レストランだ。世界中の金持ちが集まるニューヨークとはいえ、四ツ星の超一流仏料理店でも、飲料、チップこみで、一人一五〇ドルも出せば、三コースのディナーが十分に楽しめる。それからすれば、「マサ」は破格の値段だ。その話題の寿司バーに何度か行ったというのだからあなどれない。映画『イージー・ライダー』に出てきたデニス・ホッパーにちょっと似たこの御仁、職業はカメラマンで、ニューヨークタイムズ紙に載った記事を読んでやってきたという。何種類の酒を試飲したかと訊いてみたら、「全部試したら酔っ払ってしまうので、金賞を取った酒だけ飲んでいる」とのこと。賢い。
 参加者は、二〇代後半から四〇代前半が主流で、女性客も多い。おしゃべりに興じながら、テイスティングをする三〇代前半の女性客二人にインタビューしてみた。「酒も寿司もアニメもそうだけれど、日本の文化はとてもクール。バーやラウンジに行って、酒ベースのカクテルもよく飲みます。日本酒、大好き!」
 帰り際、先ほどのカメラマンに出くわした。「グッド・ラック!」と声をかけたら、デニス・ホッパーそっくりな笑顔で、ピースサインを返してきた。後姿を目で追ったら、千鳥足で愉快そうにスキップしていた。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2004年12月号掲載