アメリカの犬はワインを飲むか?

 最近、ニューヨークのレストランシーンで大きな変化が起きている。
 これまで許されていなかった、飲み残しのワインを、自宅に持ち帰ることができるようになったのだ。とはいっても、法律上、許可になったというだけで、ニューヨーク市内のすべてのレストランで、ワインの持ち帰りサービスを提供している、というわけではない。
 何しろ今年の九月に許可がおりたばかりなので、もう少し時間をおかないと、いったい何店ぐらいのレストランが、ワインの持ち帰りをOKしているのか見当もつかない。が、ダウンタウンにある中間価格、あるいはそれ以下のカフェやステーキハウスでは、概ね食事客のリクエストに応じて、ワインボトルに再び栓をし、紙袋に入れて、帰り際手渡してくれるようだ。
 マンハッタンでは、ワイン一本は飲めない、というお客のために、何年か前からハーフボトルのワインをおいたり、グラス売りワインのセレクションを増やすレストランが目立ってきた。
 面白いのは、レストラン側が、今回のワイン持ち帰り規制緩和によって、こうした『たしなみ派』の需要が伸びることより、『いけるクチ派』の注文量が上がることを期待していることである。
 彼らの計算はこうだ。四人連れの食事客の場合、普通は二本、多くて三本注文する。グラスにすると、一人三杯が目安だ。三本飲み終わった時点で、まだちょっと飲み足らない
『いけるクチ派』は、たいがい一杯か二杯、グラス売りワインを追加注文する。そうしたときに、飲み残しのワインを自宅に持ち帰れるとわかったら、間違いなく彼らはフルボトルを注文する、と彼らは言い張るのだ。
 なぜか?
 グラス売りワインだと、セレクションが限られているからである。つまり、彼らの飲みたいワインがない。それにグラス売りのほうが、ボトル売りより値段がやや割高ときている。
 試しに、何人かの飲み仲間に訊いてみた。彼らが異口同音に認めたのは、二杯が分かれ道だということ。二杯追加注文する気なら、自分だったらフルボトルを注文するだろうというのだ。で、いざボトルが半分空になったら、おそらく飲み切ってしまうだろう、というのが彼らに共通する見解だった。ということは、やはり売上増加につながることになる。
 問題は、それをどう頼むか、である。これが食べ物であれば、ウェイターに、「残ったものをドギー・バッグに包んでください」と頼めば事足りる。それが愛犬ではなく、人間様の胃袋におさまるだろうことは、どちらも重々承知の上で『ドギー・バッグ』という言葉を使っているのだ。
 しかし、飲み残しのワインとなると、いくらなんでも「うちの秋田犬はボルドーに目がなくてね」という言い訳は使えない。なんとかスマートかつエレガントに、残ったワインを持って帰りたい、と表現する方法はないものかと、名門オックスフォード大学の英文学部を卒業した知人に訊いてみたところ、「そのまま言うしかないね」という返事。彼曰く、飲み残しのワインを持ち帰るというコンセプト自体がエレガントな行為とは言い難い。従って、それをどう表現したところで、あまりスマートには聞こえないだろうとのこと。それを聞いて、四ツ星のフランス料理店では、絶対にワインの『ドギー・バッグ』を頼まないぞと、堅く心に誓う丹野であった。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2005年01月号掲載