御近所スーパーのワインライフ

 ニーマン・マーカスと言えば、質の高い顧客サービスと、品揃えのユニークさで知られている老舗百貨店である。それがお値段のほうにも反映されていて、ロワーミドル、つまり中産階級の下の方にどうにかこうにかひっかかっている筆者のような非定収入者にとっては、すこぶる敷居の高いデパートと言える。
 しかし、お金にはまったく縁がないものの、本物を見抜く目だけは肥えていると自負しているものだから、コートやハンドバッグなど、高額商品を買い求めるときだけは、ニーマン・マーカスと決めている。
 噂では、毎年暮れになるとニーマン・マーカスは、年間に何万ドル、何十万ドルも買い物をする高頻度利用客を招いて、店内でシャンパン・パーティを催すらしい。死ぬ前にたった一度でいいから、そういう社交イベントに出席し、ただのシャンパンを思う存分味わってみたいと心密かに切望する筆者だが、これと似たコンセプトの社交イベントを、定期的に開いている食品スーパーがある。
 オハイオ州デイトンという町で三店のスーパーマーケットを経営するドロシー・レーン・マーケットだ。
 特筆に値するのは、同スーパーでは、これを有料で開催していることである。それも5ドルや10ドルという半端な金額ではなく、参加者は一律60ドルの料金を支払わなければならない。むろん、滅多に味わえない高級ワインや、有名シェフによる料理やチーズの値段を計算に入れると、それ以上の価値があることは確かであるが。
 賢いなと感心するのは、ドロシー・レーンが、そうした有料ワイン・イベントを通して、地域の社交グループを作ろうと試みていることである。
 アメリカでは、大型の小売店が新市場に進出する際、必ずと言っていいほど、地域住民の反対に遭う。週末に付近の道路が込み合う、地域の治安が悪くなるなど、その都度、いろいろな反対理由が挙げられる。
 それもあって大手小売チェーンでは、土地開発が始まらない前に、見切り発車で出店することがよくある。90年代後半のバブル時、ダラスなど地方都市の郊外に行くと、まだ土地の整備も終わっていない場所に、大きなスーパーマーケットやスターバックスがぽつんと建っているのをよく目にした。
 そういう未開の市場でストアを新規オープンする場合、ドロシー・レーンのように知名度の低いローカルスーパーは、ゼロから信用を構築しなければならない。二年前、地元から少し離れた町に新店をオープンしたとき、ドロシー・レーンがどんな戦略を考えついたかというと、ストアカードの新会員に向けて、有料ワイン・テイスティングや、ワイン・イベントの案内状を送ったのである。
 これが奏功した。筆者も一度テイスティング・パーティに居合わせたことがあるが、朝の九時過ぎから、男性客が買物籠も持たず次から次へと来店する。彼らが普通のお客と違うのは、寄り道をせずまっしぐらにワイン売場に突き進むこと。小一時間もすると、新店のワイン売場は地域の社交サロンと化し、むっつり顔で来店した男性客たちは、店のワインスチュワードや御近所のワイン好きと打ち解けて、すっかりいい気分になっているという寸法だ。
 顔見知りのいない新興住宅地で、ワインをコミュニケーション手段に友達の輪を広げる「ワインクラブ」のコンセプトは、様々なビジネスに応用できそうである。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2005年03月号掲載