ターリーズ・リスト

 世の中には、めったに手に入らないものや、物珍しいものがことさら好きだという御仁がいる。
 私の知り合いにも、スペインのバルセローナの近くにある「エル・ブジ」とかいう超高級レストランに憧れ続けている女性がいる。なんでも、いままで味わったことのない素晴らしくイノベーティブな創作料理を提供しているらしいが、二年先まで予約が詰まっているという。
 昨春、ニューヨークのコロンバス・サークルにできた日本食レストラン「マサ」も、シェフのお任せコースが一人前400ドル(税・サービス料を入れると軽く500ドルを超える)という超高値にも関わらず、三ヶ月先まで予約が詰まっているそうだ。
 そう聞くと、是が非でも味わってみたくなるのが人情というものらしく、「マサ」のキャンセル待ちのリストは、毎夜記録をぬりかえている。
 ワイナリーにも、カルトに近い熱狂的なファンのいるところがある。サンフランシスコのナパにある「ターリー・ワイン・セラー」だ。
 先日、ワインに目がないアメリカ人の流通コンサルタントが、とうとう自分もターリーのジンファンデールを手に入れた! とメルマガに書いてきた。
 そもそも筆者は、あまりジンファンデールに興味がないので、何をそんなに悦に入っているのか理解に苦しんだのだが、このカルト・ワイナリー、リストに名前を載せて実際にワインが届くまでに少なくとも二年は待たねばならないらしい。有人の宇宙船が、火星や月面にひょいひょい飛ぶような時世に、注文してから二年たたなければ手に入らないワインが、マニアックなコレクターたちを惹きつけている。
 生産量が200ケースや400ケースというのだから、需要が供給を上回るのは当然だ。コンサルタントの知人曰く、ターリーズ・リストに載っている顧客は、そのロイヤリティ(忠誠心)の順に、アロケーション(割当)が決まるという。長年、ターリーのジンファンデールやプティ・シラーを愛顧にしている顧客は、それだけアロケーションが多くなる。完璧とも言えるロイヤリティ・マーケティングである。試しに少し多目にお金を送ってみたところ、丁寧なメモを添えて、返金してきたという。知人は、その商売っけのなさに面くらい、すっかりファンになってしまった。
 経営者のラリー・ターリー氏は、著名ワインメーカーのヘレン・ターリーの長兄にあたり、24年間、救急病棟の医師をしていたという変わり者だ。八〇年代前半、彗星のごとく現れた「フロッグズ・リープ」の創業メンバーのひとりでもある。
 ターリー氏には、長年の夢があった。19世紀、20世紀初頭に植えられた老木から採取した葡萄を使い、伝統的手法で最高品質の、ユニークなジンファンデールやプティ・シラーを造ることである。
 九四年、ターリー氏は、フロッグズ・リープの権利をパートナーである創始者夫婦に売り、そのお金を元に小さなワイナリーを開いた。彼が丹精込めて造ったワインは、みるみる信奉者を集め、いまやワイン・オークションで正価のほぼ二倍の値段で取引されている。
 さて、ニューヨークもそろそろガーデンパーティの季節になってきたが、前述の知人からはいっこうに誘いがかからない。果たして、ターリーのワインを独り占めするつもりだろうか。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2005年07月号掲載