“W”の悲劇

 先だって理不尽を絵に描いたような事件が起きた。うちの近くのスーパー「ホールフーズ」のワインショップに、いきなり閉鎖命令が下ったのである。理由は、入口が一階にないのは州法に違反するからというもの。事実であれば尤もである。が、聞き捨てならないのは、同店が州に酒類販売許可を願い出た時、店が地階にあることを説明した上で認可を受けたということだ。
 べらぼうな認可料やイニシャルコスト、販促費を払わされ、そろそろ固定客もつこうかという時に、あれは間違いでした、というのはどうにも合点がいかないのである。
 ホールフーズは、北米、イギリスに約一七〇の店舗を展開するナチュラル・オーガニック・スーパーマーケット企業である。都市部を中心に、いまや破竹の勢いで伸びている同社は、小さな地元のスーパーから、「二つのW」と呼ばれ恐れられている。
 言うまでもなく、もうひとつのWは「ウォルマート」だ。かたや全世界に五五〇〇余りの大型DSを運営するウォルマートと、ホールフーズとでは、その破壊力も比較にならない。しかし、双方とも、他社が太刀打ちできないリーサル・ウェポンを持っていることは事実だ。
 前者の武器は、誰も打ち負かすことのできない「低価格」。後者の武器は、誰にも真似することのできない「ライフスタイル」である。
 ライフスタイルというのは、掴みようがなくて、実にあやふやな言葉だ。日本の小売業者が、「ライフスタイルを提案できるストアでなくてはならない」と口々に言っているが、有名店と瓜二つの商品ディスプレーを採用してみたり、総菜売場の名前を、さもそれらしくカタカナに変えてみたり、お客に見向きもされない健康食品の売場を作ってみても、MDやカスタマーサービス、売場環境といったストア全体のコンセプトが、ひとつのライフスタイルで貫き通されていなければ、それは単なる断片的な生活の寄せ集めでしかない。
 今年の初め、サンフランシスコのホールフーズ店長をインタビューした際、同社の全商品が、たった一人の女性によって採否が決められていると聴いた。つまり、その女性の価値観や美意識に合う商品しか置いていないということだ。だから、同店のMDには矛盾がないのである。
 問題のホールフーズが、タイムワーナーセンターの地階にオープンしたのは昨年四月。開店後の数週間、辺りの道路は完全に渋滞をきたし、二時間待った挙句入店できなかったというエピソードまで飛び交った。新店は、売場の三分の一を作りたての総菜売場に充てた都市型の売場構成で、最初期待されていた中高年より、一〇代や二〇代の若年層を惹きつけ関係者を驚かせた。お洒落なフードコートは、高校生や大学生のデートスポットになった。
 中高年にとって何よりも嬉しかったのは、総菜やチーズ売場の隣にワインショップが設けられていたこと。夢のグルメ・ワン・ストップ・ショッピングが実現されたからだ。それによって、近隣の小さな酒販店が大きな損失を被ったことも確か。今回州の役人が重い腰を上げたのも、そうした回りからの重圧を無視できなくなったからだとも聴いている。
 それにしても見事な引き際だった。州に不服を申し立てるどころか、即座に罰金を払ってワイン売場を閉めたのである。そしてその後がふるっている。諦めるどころか新店にワイン売場をリオープンすると発表したのである。恐るべしホールフーズ。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2005年08月号掲載