何事にも節度が肝心

 酒は百薬の長、という諺がある。先日、友人宅のホームパーティで、たまたま相席した日本人ビジネスマンに、「英語ではこれをどういうふうに訳すのでしょうかね」と訊かれたので、深く考えもせず、Sake is the best medicine.(酒は最良の薬である)と訳して聞かせたところその男性に、「Sakeだと『日本酒』ということになりますよね。アメリカ人も『日本酒』は健康にいいと思っているのですかね」と指摘されて、慌ててSakeをWineにおきかえた。が、なんだかすっきりしないのである。
 前述の諺にある『酒』は『酒全般』という意味なのに、SakeとかWineと訳すと、日本酒やワインになってしまう。多分、alcoholic beverage(アルコール飲料)と訳すのが妥当なのだろうが、SakeやWineと違って言葉に艶っぽさがない。やはりここはWineと訳すべきだろうということで合意をみた。
 しかし、実際にアメリカ人がそう言うのを聞いたことがあるかというと、一度もない。酒ではなく、『笑い』や『睡眠』がthe best medicineだというのはよく聞く。飲酒に対する宗教的偏見が根強く残っているお国柄だけに、無意識にアルコールの効能を大っぴらに口に出せないプレッシャーを感じているのかも知れない。
 それが、最近複数の医療機関から、節度のある飲酒は、心臓麻痺や糖尿病、脳卒中、認知症、骨粗しょう症の予防になる、という検査結果が次々と発表になったものだから、いままで回りの目を気にしながらお酒を飲んでいた人々も、やや解放された感じになってきている。
 これまでも赤ワインが心臓病予防に効果があるとは知らされていたが、普段お酒を飲まない人より飲む人のほうが、三四%も糖尿病になる確率が低いとか、四二%も認知症になる確率が低いというのは聞いたことがなかったし、週に六杯から七杯のお酒を飲む女性は、まったく飲まない女性に比べて、かなり骨密度が高いというのも耳新しいニュースだった。
 むろん、飲酒によって健康が脅かされる場合もある。乳ガンや腸ガン患者を家系に持つ人は、お酒を飲まないに越したことはないそうだ。いずれにしても、酒に付きまとって離れなかったネガティブなイメージが、少しずつ健康的なイメージに塗りかえられているというのは歓迎すべき事実である。生産者や小売業者にしてみれば、こうした効能を広く世間に知らしめ、少しでも売上高や個人消費量を上げたいところだが、それができないのが歯痒い。なにしろここは、肥満児童や幼児の数を減らすために、明らかに低年齢の子供をターゲットにした、お菓子や食品のコマーシャルを作ってはいけないと、食品メーカーに自主規制を促す国なのである。
 百害あって一利なしと言われるタバコについては、宣伝どころか、TVドラマのなかでも喫煙シーンはことごとくカットされている。日本のドラマを見ると、誰も彼もがタバコを吸っているが、あれでよく市民団体から苦情がこないものだと感心するくらいだ。
 いまアメリカでは、公益科学センターという公共機関がタバコと同様、炭酸飲料のラベルにも「(肥満の原因になるので)飲みすぎに注意しましょう」という警告を載せるべきだと騒いでいる。酒のラベルにも、健康に問題のある人や妊婦、運転時の飲酒を思い留まらせる警告を載せることが義務付けられているが、影響力を比べれば当然とも言える。世の中、何事にも節度が肝心なのである。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2005年10月号掲載