酒類販売に乗り出すウォールマート

 世界最大の小売業者、ウォルマートが、満を持してハードリカー・ビジネスに本格参入することに決まった。
 今年度の同社の年商は約四〇兆円。小国の国家予算に匹敵する額だ。うちアルコール飲料の売上高はわずか一四〇〇億円。全社売上高の〇・四%にも満たない。それをむこう五年間で七〇〇〇億円まで増やす意気込みだ。そのためウォルマートは、今後米国内にある同社の酒類売場面積を三倍に増床すると発表。さらに新製品の開発やマーチャンダイジングのパートナーとして、世界最大の酒類メーカー、ディアジオを「カテゴリー・キャプテン」に命名した。
 驚いたのは、大小のスーパーマーケットチェーンや、地元のパパママショップである。彼らにしてみれば、九〇年代初め、ウォルマートが食品小売業に参入した時点から、いつの日か同社が酒類販売の分野に攻め入ってくるだろうことはすでに織り込みずみ。しかし、なかなか攻勢をかけてこない同社を見て、酒類販売事業は、洗剤やトイレットペーパーとは違って、禁酒法時代から続いている法的規制や、企業イメージ低下の問題、民間および宗教団体からの圧力など、一筋縄ではいかない障害があるため、さすがのウォルマートも食傷し、参入を見送ることにしたのではないかとみなす向きがあった。
 そのウォルマートが、万難を排して酒類販売に取り組むという。最近では不動産業者より、酒類販売許可を申請するお役所のほうが、ウォルマートが次にどこに出店するかを知っているともっぱらの噂だ。同社が、酒類販売許可の下りた場所にしか出店しないからである。
 何故そうまでしてウォルマートは、すでに飽和状態にある酒類販売事業に参入したがっているのだろうか―多くのアナリストは、既存店の業績低迷がその真の理由だと語る。
 アメリカでは、八〇年代から今世紀にかけて蒸留酒の売上高が四〇%もダウンした。しかし、昨年度は販売ケース数が前年比三・一%アップし、売上高は五・八%も上がっている。いまやハードリカーは、ビールやワインよりも急成長が期待されるカテゴリーなのだ。需要があると知りながら、みすみす地元の酒店に顧客を奪われていたウォルマートにしてみれば、多少リスクを犯してでも酒類売場を拡大したいところである。
 某経済新聞によると、アメリカでは現在二七の州がスーパーマーケットでの酒類販売を許可しているそうだ。しかし、大手チェーンが実質的に酒類売場を出せるのは、そのうちのわずか一七州だとか。おまけにそのほとんどが、大手メーカーの市場独占を懸念して、ハードリカーの仕入れに中間業者の介在を義務づけているというから驚く。ということは、ウォルマートのお家芸ともいえる、最新テクノロジーを駆使したサプライチェーン・マネージメントが実施できないということ。言葉を変えればウォルマートは、法律を変えるか、マージンを低くする他、「エブリデー・ロー・プライス」を実現することができないことになる。
 ウォルマートの本部があるアーカンソー州ベントンヴィルは、酒類販売を禁止するドライ・カウンティ(郡)。同社も自ら「禁酒企業」を名乗り、酒類バイヤーは社内でA酒をすることすら許されていない。むろん社の記念行事にも酒類は一切持ち込み禁止。そうした企業が、全米の酒類売上高の三〇%を狙っているというのだから、アメリカという国はほんとうに不思議な国である。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2005年12月号掲載