ビールポン

 アメリカの大学生の間で「ビールポン」というゲームが大流行している。「ポン」はピンポンの「ポン」、「ビール」はもちろん飲む 「ビール」のことだ。ビールを惜しげもなく使うこのゲームは、健康上、あるいは風紀上好ましくないということで、たいがいの大学のキャンパスで禁止されている。しかし、一歩キャンパスを出ると、学生たちがたむろするバーやクラブの奥に必ず「ビールポン」のテーブルが置かれている。
 一説では、一九五〇年前後に、ダートマスという名門大学で始まったといわれているがはっきりしない。
 ルールは地域によって違うが、要は、二組のチームが、ビールが中程まで入った紙コップ(プラスチックカップ)を向かいあったテーブルの所定の位置に並べ、どちらが先に敵のコップの中にピンポン玉を投げ入れられるかを競い合うゲームである。
 言うまでもなく、自分の陣地にあるコップにピンポン玉を入れられたチームは、罰としてコップからピンポン玉を取り出し、中に入ったビールを一気に飲み干さなければならない。先に敵の全部のコップにピンポン玉を入れたほうが勝ちになる。
 チームは二人か四人編成が多い。店によっては、卓球台を一回り小さくしたような特製テーブルをわざわざ用意しているところもある。折り畳み式のテーブルの上には、ビリヤードゲームをするときに使うトライアングルラックのような三角形の枠が描かれていて、その中にビールの入った六個のコップが並べられる。ビールはなみなみと注がれているわけではないが(三分の一程度)、調子に乗って二組、三組と応戦していると(そして負けが込んでくると)、気がついたときにはすっかりできあがってしまっているというわけだ。
 ラケットやネットを使い、サーバーを決めて、ちゃんとした卓球競技のようにゲームを進めるところもあれば、ラケットを使わず、手で投げ入れるところもある。
 聞けば、「ビールポン」の全米トーナメントというのもあるらしい。一見、勝ち負けにテクニックは関係なさそうに見えるが、強いチームは圧倒的に強いそうだ。じわじわと裾野を拡げるこの「ビールポン」の人気に目をつけたのは、売上不振に悩む大手ビールメーカーである。ましてや、このところビール離れが甚だしい若年層に驚くほど人気があるとあっては、この好機を見逃すわけにはいかない。
 業界いちばん乗りは、バドワイザーの製造元、アンハウザー・ブッシュ社。「バドポン」というゲームを開発し、試合に必要な特製テーブルやボールを作って、トーナメントのプロモーションを始めた。シェアー・ナンバーワンのバドワイザーが乗り出したとあっては、クワーズやミラーも指をくわえて見ているわけはないだろうと高みの見物を決め込んでいたところ、突然アンハウザー・ブッシュ社が、「バドポン」トーナメントを中止すると発表したものだから驚いた。
 あれだけのプロモーション費用をかけておきながら、「バドポン」を中止した裏には、さまざまな理由があったことと思うが、敢えて筆者は、この場を借りて同社の勇断を讃えたい。なぜなら、気が抜けて、ピンポン玉にくっついた汚れや脂がしみ出しているようなまずいビールを、これから飲酒の楽しみを覚えようという若い人々に飲んで欲しくないからだ。それではあまりにもビールが可哀想である。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2006年01月号掲載