歳末ショッピングの醍醐味

 アメリカでは、一一月第四木曜日の感謝祭翌日から、死に物狂いのクリスマス商戦が始まる。秋の収穫を感謝し、十数キロもある大きな七面鳥を平らげたあと彼らは、「ブラック・フライデイ」への出陣準備にとりかかる。感謝祭の翌日を、いつごろから「黒の金曜日」と呼び始めたのかはわからない。なぜ「黒」なのかというと、「まだ陽が昇らない暗い時間に店が開くから」という説と、「この日を境に小売店の売上が赤字から黒字に一転するから」という二つの説がある。
 確かにアメリカの小売業者は、この二ヶ月間に、年間売上高のおよそ八割を稼ぎ出すといわれている。むろん消費者も必死なら、売る側はもっと必死である。たいがいの家電ショップは、「ブラック・フライデイ」の午前零時に店を開ける。それこそ真っ暗闇の時刻だ。どこの小売店も、これだけは絶対に競合店に負けないぞという目玉商品を用意しているから、それを狙って多くの消費者が、三時間も四時間も前から行列を作る。
 多くのディスカウントショップは、朝の七時前後に店をオープンする。ウォルマートの傘下にあるサムズという会員制ホールセールクラブでは、今年午前五時に店を開けて、凍える寒さの中、店が開くのをじっと待っていた会員たちに朝ご飯を提供したそうだ。なかなかいい話である。
 先だって、日本からきた顧客に付き合って、五番街の高級ショップ巡りをした。たまたまディオール・オムという男性用ブティックに立ち寄ったところ、待てど暮せど店員が出てこない。試着室に何人か出入りしているのはわかるのだが、レジにも他の売り場にも誰もいない。どうやらほとんどの店員が、一人の客の試着を手伝っているらしい。高級店にあるまじき行為と憤慨して、試着室と売り場を忙しく行き来している店員をつかまえて不平のひとつも言ってやろうかと身構えたとき、試着室から長身のイギリス人男性が現れた。
 なぜ彼がイギリス人だとわかったかというと、明らかに英国人独特のアクセントがあったし、彼の主演した映画を何本か観たことがあったからである。筆者が驚いたのは、洋服やコートを両手いっぱい抱えた店員が、何人も彼の後ろに従えていたからではない。その映画俳優が、片手にシャンパングラスを持っていたからである。見ると、試着室前のテーブルの上に、シャンパンボトルが開いていた。世界の高級店では、最高級の顧客に、昼間からシャンパンを振舞うのかと、いまさらながらにフランス流の贅沢で優雅なもてなし方に感心させられた。
 毎年クリスマスになると、あちこちの百貨店やショッピングモールでは、ピアノの生演奏やコンサートなど、様々な趣向を凝らして、客の店内滞留時間を少しでも長引かせようと努力する。ところが、最近クリスマス時にワインを出すブティックが増えてきたのである。アメリカは車社会なので、試飲した後、車を運転して帰らなければならないから、がぶ飲みする客は少ないにしても、運転の心配のない客は、店を一回りする間に平気でお代わりをしたりする。店長の話によると、大概の女性客は、少しでもアルコールが入ると、気持ちが大きくなり、財布のひもも緩みがちになるとか。明らかにワインが売上にもたらす効果を計算に入れて出しているのだ。
 クリスマスの醍醐味は、何と言っても、こうした店をはしごして、金を払わずほろ酔い気分になることである。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2006年02月号掲載