トランプ・ブランドのウオッカ新発売

 面白いビジネスを考えつく人がいるものだ。世界的に有名なセレブのライセンシーを買って、新しい酒を開発し売り出すのである。いままでにも有名デザイナーや、人気アニメキャラクターを使った生活雑貨や食品などのライセンシー商品は星の数ほどあった。有名人が自ら考案した商品やブランドも少なくない。歌手やプロのスポーツ選手がTVに出て推薦している商品となると、その数や天文学的な数字に昇るだろう。だが、芸能人でもデザイナーでもない、財界著名人とライセンシー契約を結んで、その名前を冠した酒を作って売り出すというのは、まったく新しいコンセプトである。
 いや厳密に言うと、食品では有名シェフの名前を使った調味料やピザが出回ってはいた。自社ブランドのワインを出しているレストランも多い。世界的に有名な新日本料理店「ノブ」や「ロイ・ヤマグチ」では、自店ブランドの日本酒を売っている。しかし、財界著名人となると話は別だ。米国の財界には多大な影響力を持つセレブも多く、マスコット人形や似顔絵Tシャツが売り出されていたりもするが、その名前が酒の商標に使われたことは、筆者が知る限りない。おまけにその酒が、ビールやバーボンといった大衆性のある酒ならまだしもウォッカときている。さらに驚くのは、ニューヨークの不動産王、ドナルド・トランプの名前がそれにつけられるというのだ。
 その昔関わっていた雑誌で、トランプの手掛けたカジノホテルの取材をしたことがあった。当時の彼は、いまと比べるとまだ髪の毛も多く、いよいよ次期大統領に出馬かと噂されるほどカリスマ性もあったし、タイム誌の表紙に顔のアップが載るくらいパワフルで影響力もあった。それが九○年代前半の景気後退時に倒産したと聞いたときは、あまりのあっけなさに米ビジネス界の浮き沈みの激しさを思い知らされた。
 その後しばらくして景気が持ち直すと、懲りもせずトランプは、一連の大型分譲マンション・プロジェクトを立ち上げ始めた。そしてこの空前の不動産バブルで、またもや巨万の富を築くのである。最近では、ディスカウント紳士服のTVコマーシャルに出て、トレードマークになった「お前はクビだ!」を連発し、話す「お前はクビだ人形」が売り出されるほど注目を浴びるようになった。
 とはいえ、いまのトランプほど、ウォッカの持つ反体制的なかっこよさやクールさ、ファッション性と無縁なキャラクターもいないだろう。それに本人は全くの下戸だと聞いている。というか、どうもトランプは常習性のあるものは一切口に入れない主義らしい。もちろんタバコも吸わないし、コーヒーすら飲まない。
 今回、トランプと契約を結んだドリンクス・アメリカズ社では、新ウォッカを「トランプ・スーパープレミアム」と名づけ、今年の六月に新発売の予定になっている。昨年暮れの記者会見でトランプは、「来年の夏は?T&T?(トランプ・ウォッカのトニック割り)が大流行するぞ!」と盛んに息巻いていたが、翌朝のモーニングショーで、「(酒を一滴も飲まない自分がウォッカの宣伝をするのは)タバコのメーカーが、「吸い過ぎに注意しましょう」と箱に印刷して売っているのと同じくらい間が抜けている」とうっかりホンネをばらし失笑を買った。そうはいうものの、まかり間違って今年の夏、T&Tがヒットすれば、東西の財界人が酒店の棚に名前を連ねる時代になるかも知れない。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2006年03月号掲載