カルト・スーパーが街にやってきた

 トレーダー・ジョーズがマンハッタンにやってきた。四年前のクリスマスに、「二ドルのチャック」なる激安ワインを登場させ、全米の酒販店をあたふたさせた例のナチュラル・オーガニック・スーパーである。以前からマンハッタンにオープンするという噂は聞いていたが、出店先が一四丁目のユニオンスクエア駅前と聞いて驚いた。昨春同じ場所に、業界一のホールフーズが、新店を開店したばかりだったからである。
 その上、ユニオンスクエアには、週に四回、青空市場が立つ。近隣の農家が、収穫したばかりのオーガニック野菜や果物、新鮮な牛乳やチーズ、蜂蜜、ジャムなどを持ち寄って売るのである。プロのシェフで、この市場を利用しているという人も多い。いわゆる鮮度が高く割安なオーガニック食品の宝庫なのである。
 TJは、一九五八年に、ロサンゼルスで創業した。現在、全米で二〇州に、二五〇余りの小型スーパーを運営している。七九年に、ドイツの大富豪に買収された後、当時まだアメリカのスーパーでは珍しかったプライベートレーベルのサプリメントや、健康食品、魚やエスニック料理の冷凍食品を扱うようになり、九〇年代に入ってから、カルト的と言ってもいい熱烈なファンが増えた。
 TJの魅力は、何と言ってもマーチャンダイジングにある。扱い品目の八割強がプライベートレーベル(SKU数は二五〇〇〜三〇〇〇)。マルチグレインの食パンにしても、胡桃とゴートチーズと乾燥ラズベリーの入ったメスクランサラダにしても、ちょうどいい大きさにプリカットされた冷凍ササミにしても、他の店で買えない商品ばかり。ナショナルブランドはほとんど扱っていないので、TJの品揃えを理解するには、食品によほど強い「プロの目と感性」が要る。
 もうひとつの魅力は、その信じがたい安さである。オーガニックバナナは一ポンド(四五四g)二九セントで売っている。普通のバナナですらポンド六九セントというご時世にである。筆者が毎朝使っているオーガニック・シャンプーは、思わず目を疑ったが、お隣のホールフーズより三ドル(四〇%安)安かった。もちろん安売り価格ではなく、エブリデー・ロー・プライスである。まさにTJの店内は宝物の山。掘り出し市感覚で買い物ができる珍しいスーパーだ。TJの客にロイヤリティの高い固定客が多いのもうなずける。
 開店後、すでに一ヶ月を過ぎたというのに、マンハッタン第一号店の店頭には毎週末、長蛇の列が並ぶ。入店規制しているのだ。筆者は三回行ったが、平均待ち時間は二五分だった。すぐ隣には普通のスーパーやホールフーズもあるというのに、みんなじっと辛抱して待っている。
 そして二週間前、待ちに待ったTJのワインショップが開店した。入り口は食品部門と別々になっている。大概のTJでは、ワイン部門を店内に設けているので、独立したワインショップを見るのはこれが初めて。入った途端、あるわあるわ、四割強が五ドル以下のワインで占められている。一番安いのは、例のチャックで白赤ともに二・九九ドルで売られている。加州産の他に、欧州、豪州、南米産ワインが過不足なく揃っていて、歌麿風ラベルをつけた日本酒のPBまで置いている。見ると顔を上気させた男性客が、「二ドルのチャック」をケースごと抱えてタクシーに乗り込もうとしている。タクシー代を払っても余りある「価値観」をTJは提供しようとしているのである。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住

月刊 酒文化2006年07月号掲載