ワインの自動試飲サーバー

 ニューヨーク市が、酒販店内でのアルコール飲料試飲サービスを許可してから、二年を過ぎようとしている。ワインやウイスキーのサンプリングに新たなビジネスチャンスを見出した酒販店経営者たちは、狭い店内ににわか作りの試飲コーナーを設けたり、有名ワイン本の著者を招いて、ミニレクチャーを開いたりと大忙し。二、三年前までは、ほとんど就職口のなかったソムリエ資格取得者も、いまや引っ張りだこ。平日の午後四時ともなると、どこの酒販店でもソムリエで溢れるほどだ。
 ワイン・テイスティングや定期セミナーと並行して酒販店が始めたのは、クラブ会員の募集である。ありとあらゆるワインショップが、無料の試飲イベントを餌に、会員を募り、Eメールアドレスを集め始めた。目的は、特売商品情報と特別イベントを紹介するニューズレターの配信である。
 ちなみにマンハッタンは、食品スーパーですら、出会い系スーパーというのがあるくらい、スポーツジムもカフェも公園も、恋人のいない若い男女や、それほど若くない男女で溢れている。暇をもて余した彼らにとって、土曜日の午後の無料ワイン試飲パーティへのお誘いは、渡りに船の出会いのチャンス。それも銘柄を選ぶソムリエが、人気ワイン・ブログの常連だったりすれば、勇気凛々、楽しさ百倍である。
 そうこうするうちに、これまでの手狭な店ではイベントに集まった人数を収容しきれなくなって、売場を増床したり、より大きな場所に移転する店も出てきた。新店でまず取り入れるは、ちょっとシックな日本酒専用コーナー。日本酒のセレクションの善し悪しで、酒販店の格が決まるほど、日本酒通が増えている。次は、温度調整のきくワインセラーだ。そして、予算に余裕のある店主は、売場の隣に常設のテイスティングバーを設ける。
 週末の試飲パーティともなると、セラーもバーもすべて開放され、小売店というより、バーかラウンジのような雰囲気。会員にしか知らせていないはずなのに、どこで聞いたか、ワイン好きなニューヨーカーがひきもきらずにやってくる。
 写真は、筆者が今週末、ダウンタウンのワインショップで見かけた自動のワインサーバー。サービスカウンターで新しく会員登録をすると、一〇〇〇点の試飲ポイントの入ったIDカードがもらえる。店内に三台設置された自動サーバーの差込口にカードを入れ、試したいワインの前にグラスを傾けてボタンを押すと、適量のワインが注がれる仕組みになっている。カードの差込口は、一台のサーバーに二つついていて、一度にふたりの顧客がワインを注げるように工夫されている。この自動サーバーがあれば、試飲客が五〇〇人来ても、一〇〇〇人来てもびくともしない。
 もちろん、この顧客カードは、買い上げごとのポイントカードとして使うこともできるし、有料イベントや試飲会での身分証明書や精算にも使える。まったくもってよく考えられている。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2006年08月号掲載