波乱含みの日本食認定制度

 外国に長く住んでいると、日本食にまつわる笑い話に事欠かない。特に筆者は商売柄地方出張が多いので、奇妙な和風(?)レストランに遭遇することが度々ある。店内を韓国焼肉とスシバーと鉄板焼きコーナーに三分した“屋台村風”レストランや、飲茶とスシをメインに出している中華レストランなど。さすがに酢の入っていない酢飯にはお目にかかったことはないが、2度酢抜きのスシを出しているレストランに行ったことがあるというツワモノもいる。
 7、8年前、取材で行ったオクラホマシティに3日間も足止めされたことがあった。日本の味に飢えていた我々は、ホテルのコンシアージュに聞いて、ダウンタウンに1軒あるという日本レストランに車を飛ばした。確か店名は、東京とか京都とか、海外でよく目にする典型的和食レストランの名前だったように思う。
 初日からカウンター席というのも何なので、先ずはテーブル席に座った。サーバーに商品知識がなく、メニューがとんちんかんなのはすでに学習済み。とはいえ、いつまでたってもカウンターにシェフが現れないのが気になった。代わりにハッピのような衣装をつけた白人やアジア人、中南米系の女性が4人出てきて包丁を握り始めた。それでもなお、正しい日本食文化の中で育った我々は、どう見ても女子大生のアルバイトとしか見えない彼女たちが、我々の食べるスシを握るとは想像できなかった。いやしかし、ここは機会均等の国アメリカ。女性消防士がいるのだから女性のスシ職人がいてもおかしくないと考えを改め、出てきたスシをじっくり観察したところ、巻物はまだしも、握りはほとんどが横に倒れていて立たそうとしても立たない。
 いやはやひどい目に遭ったが、そうしたわけのわからない日本料理を出し、平気で日本食の看板を掲げているレストラン経営者を諌め、さらには正統な日本食文化、料理法、日本産食材を海外で広めるため、日本の農水省が、来年4月、“日本食レストランの認証制度”を導入するというニュースが、全米で物議を醸している。憤慨しているのは、韓国、中国、タイ、ベトナム人の経営者。米国には9,000店の日本食レストランがあるというが、日本人経営比率はわずか10%。残りはこうしたアジア人が経営する店だ。先週行った和食レストランでは、日本人店主が嘆いていた。中国人や韓国人経営者は、最初だけ日本人シェフを雇って、自国の料理人に日本食の技術を盗ませ、しばらくたつと解雇する。おかげで多くの日本人シェフが食い詰めているという。むろん、言葉が通じ、気心の知れた同国人を雇いたい気持ちはわかるが、それだけではなく、日本人シェフは賃金が高いうえ、料理法や食材について妥協を嫌うというのも敬遠されている理由のようだ。
 これまでもイタリアやタイ政府が、自国の正統的な食文化を海外市場で伝えようと、似たような認定制度を設けたらしい。が、ニューヨークのレストラン街で見るのは、せいぜいが「ザガット(消費者が採点するレストランの格付け情報誌)」。それもめったに見ない。驚くのは、自分の店が合格するか自信がないとか、アメリカ人が好む創作ロールをメニューから外したら売上が下がるのではないかと懸念する日本人シェフ人も少なくないことだ。それに日本食は、長きに渡って外国の食文化の影響を受けている。何が純粋な和食で何がそうでないかを調査し限定するには多大な時間と労力が必要だ。日本食レストランの認定制度、来春の実施までにまだまだ一波乱ありそうである。
(たんのあけみ:食コラムニスト、ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2007年02月号掲載