マス・アフルーエント層御用達ビール

 最近、アメリカのマスコミで、「ニュー・ラグジュリー」という言葉をよく目にする。日本語に訳すと、「新しい贅沢さ」。レクサスなどは、すべての車種の頭に「ラグジュリー」をつけて、盛んに新しい贅沢さを印象付けようとしている。
 新しい贅沢さというと、最新型の小型ジェット機とか、豪華クルーザー船とか、一泊三〇万円もする高級スパリゾートを想像するが、この場合の「ニュー」は、本来のスーパーリッチな世界をややレベルダウンした「手の届く贅沢さ」のこと。身近な例を挙げると、あの「スターバックスコーヒー」や、ハンドバッグの「コーチ」が、ニュー・ラグジュリー・ブランドの旗手と言われている。
 米国では、こうしたブランドの大流行に火を注いだのは、マス・アフルーエント層だと考えられている。「大衆的富裕層」という意味で、中流と富裕の間の層になる。突如として現れたので、新興富裕層と呼ぶ人もいる。アメリカでは、「一〇万ドルから一〇〇万ドルの流動資産を持っている世帯」をこう呼んでいる。
 マス・アフルーエント層の米国内人口は、およそ二二〇〇万世帯。市場規模は一一〇〇兆円と推定されている。全米の消費財メーカーが、いまこの層に熱い視線を送っているのは、購買力だけではなく、中流層への影響力の強さを狙ってのことである。それほどこの層は、いかにもミドル層が、喉から手を出して欲しがりそうな新商品やサービスを見つけ出すのが得意だ。考えてみれば彼らは、これまで中流層と一くくりにされ、最も見過ごされてきた層でもある。それに気づいた賢いメーカーやサービス業者は、商品の品質や顧客サービスを強化した、ニュー・ラグジュリー商品を競って開発し始めた。
 市場調査会社最大手のヤンケロビッチ社がまとめた消費者調査によると、典型的なマス・アフルーエント・ファミリーは、「ホワイトカラーの白人共稼ぎ夫婦で子供はひとり」。「独自の価値観や判断力、ライフスタイルを持っていて、それを自負している」のが特性となっている。マーケターにとって手強いのは、従来の宣伝広告ではあまり動かないこと。ところが、やすやすと彼らの心をつかんだビールの銘柄がある。ベルギー産の「ステラ・アルトワ」だ。
 イギリスやEUでは、どこででも手に入る人気のラガービールだが、アメリカでは、目一杯気取っていく超クールなクラブやバーラウンジ、トレンディ・レストランでなければ、赤地に白抜きの文字、金の縁飾りのついたあのレーベルにお目にかかれない。小売店も、特殊なロケーションの店でしか扱っていないため、米ビール市場では、一種独特なポジショニングになっている。
 ステラ・アルトワが、米国市場でデビューを果たしたのは、いまから六年前。宣伝らしい宣伝はまったくしなかったので、一度も見たことがないというアメリカ人のほうが多いだろう。現在の米国への輸入量は、当時の六○%増の五〇万バレル。口コミ・マーケティングの勝利である。
 ステラ・アルトワの人気に少しでもあやかろうと、大手ビールメーカーは、二番煎じ、三番煎じを試すのに躍起となっている。が、さすがにアンハウザー・ブッシュともなると、考えることが大きいというか、ステラ・アルトワの米国内販売権を、インベブ社から買い取ってしまった。それもあまり売れていない従弟や鳩子ブランドというおまけまでつけて。
 今後のステラ・アルトワの動きに注目したいところだ。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2007年03月号掲載