売上アップの達人 ボトル・ホスト

 免状や資格が好きなのは、日本人だけなのかと思っていた。一〇年近く前、トライベカにある「シャンテレール」という三ツ星の仏レストランで、「酒ソムリエ」の資格を持つ白人男性に引き合わされたときは仰天した。おもはゆい思いで、そのソムリエから当夜のフランス料理に合うという日本酒の説明を聞きながら、日本酒もここまで浸透したのかと妙に感心したのを覚えている。
 そのあとしばらくして、「ビール・ソムリエ」の名刺をもったバーテンダーに紹介された。そのときは、さすがに空いた口が塞がらなかった。と同時に、ビールを選ぶにもエキスパートの意見を聞きたいという人がこの世に存在するという事実に、涙が出そうなくらい感動した。
 確かに最近、まったく名前を聞いたことのないマイクロ・ブリュワリー・ビールや、輸入ビールの類が、どんどん市場に出回ってきている。ダウンタウンのバーだけでなく、トレンディなレストランでも、こうした「ブティック・ビール」をサーブし始めた。少し前までは、ビールに四ドル以上も払うなんてばかだと思っていた筆者も、最近、気取って七、八ドルもするベルギー産ビールを注文するようになった。馴れとは恐ろしいものである。
 先日、招待されたパーティで焼酎が出されていたので、ビール・ソムリエの次に出てくるのは、焼酎ソムリエではないかと業界関係者と話している。テキーラでもラムでも焼酎でも、馴染みのない酒を市場に紹介するときには、こうしたエキスパートによる教育と喧伝が格好なプロモーションになる。
 資格ではないが、面白い酒のスペシャリストの話がニューヨーク・タイムズ紙に載っていた。「ボトル・ホスト」という新手の職業である。オンラインの求人欄を見ると、「求む、分厚いお得意リストをもったVIPボトル・ホスト(チェルシーのバー・ラウンジ)」という求人広告がやたらと載っている。レストランやクラブで、シャンペンやワインをボトルごと注文するとボトル・サービスをしてくれる。言ってみれば、ボトル・ホストは、ボトル・サービスのプロ。だが、単なるボトル・サーバーと違うのは、高価な酒をばかすか注文しそうな椀飯振舞客を何十人も知っていて、電話一本で彼らを店まで誘い寄せることができることだ。
 ボトル・ホストの多くは社交的で、接客技術が洗練されていて、インテリで、ホスピタリティ精神に富む。日本のホステスやホストによく似ているが、VIPホストともなると、フロアマネジャーよりも権限が大きいというところが違っている。
 夜のマンハッタンでは、かつて有名クラブやラウンジのバウンサー(門番)を知っていることがステータスだった。が、いまはどのボトル・ホストを知っているかがステータスになっている。経営者もそれを心得ていて、新店のオープン時には、必ず敏腕のボトル・ホストを雇い入れる。彼らの顔の広さ、腕の善し悪しで、売上が何十%も違うというのである。その分日当も高く、一晩四、五万から八、九万円も取る。
 今年一月、ウォール街で史上最高といわれる巨額のボーナスが支払われた。住宅バブル崩壊などおかまいなしに、高層マンションが飛ぶように売れ、飲食街では投資銀行家たちの豪遊が続いている。金を持つと欲しくなるのが、飲食店での至れり尽くせりのパーソナルケア。ボトル・ホストはある意味で、金融街のバブルが生んだ時代の産物なのである。
(たんのあけみ:食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2007年06月号掲載