不老長寿の霊薬

 友人宅のパーティに招かれた。招待されると、ちょっとした手土産を持っていくのがこちらの常識である。かつては、花束やチョコレートを持っていくことが多かったが、最近は赤ワインと決めている。というのも、全員花アレルギーというお宅に花束を持って行って失敗したり、ダイエット中の知人宅に高級チョコレートを持参して閉口されたりしたことがあるからだ。
 お酒にしても、よほど親しくない(好みを知らない)限り、ハードリカーやリキュールや日本酒は避けるようにしている。さりとて、両手にビールをぶらさげて、というのはあまりエレガントではないし、(男性が持っていくにしても)ちょっとカジュアル過ぎるので、いつも自分が飲んでいるワインの、2倍か3倍程度の値段のものを、ひとりのときは1本、ふたりのときは2本、持っていくようにしている。
 何十人もの人が出たり入ったりする立食スタイルのパーティであれば気楽でいいが、3コースの着席パーティで、左右、前方すべてが初対面というような場合、お土産に持っていったワインから話の糸口がつかめたりするので、ちょっとした話を用意しておくのも悪くはない。今回筆者が持参したのはボルドー。自宅近くのワインショップで買ったのだが、その店が変わっているのである。ワイン店といえば、概して品揃えの幅広さや深さを競い合うものだが、この店は扱い品目が40あるかないか。それも産地や種類別に並べているわけでもなく、棚の上には「さわやか」「なめらか」「コクがある」というサインが出ているだけ。ここが気に入っているのは、選択に時間がかからないこと。その日の気分で躊躇なく選ぶことができる。次に、他店にない銘柄が多いので、冒険心がそそられること。それでいて外れがない。価格の設定も、高からず安からず、実に近隣の生活者の懐具合を研究している。
 筆者の地元ワイン店情報に次いで隣席の女性が、ワイン専門誌の格付けが90点だったので迷わず選んだ、というチリ産赤ワインを取り出したところ、カリフォルニアから来たという年配客が、赤ワインの長寿効果について話し出したので、勢い話題が赤ワインの効能に集中した。
 赤ワインに含まれているレスベラトルに、老化防止効果のあることが、全米の新聞、TVラジオで取り上げられたのは、昨年秋のこと。以来、テーブルワイン売上の50%に満たなかった赤ワインのシェアが、52.4%に跳ね上がった。前年同期の売上と比べても、1.1%高い。実は、このニュースが発表になる前、すでに赤ワインの売上は、前年比3.3%増に達していたらしい。ところが、この研究結果が発表になるやいなや、売上がぐんぐん伸びて、翌12月期には前年同期比8.3%増を記録したというのだ。
 秦の始皇帝の時代から、血眼になって不老不死の霊薬を求めた権力者の数は限りない。さすがに、平均寿命が50年という時代には、あと10年、いやあと5年生きながらえれば、歴史を書き換えることができたのに、と己の短命を呪いつつこの世を去った英雄も多かったろうと思う。しかし、平均寿命90歳突破もあながち非現実的とはいえなくなったいま、さまざまな老齢化社会問題を抱えながらも、人はなおも長寿を願い、巷では赤ワインが飛ぶように売れる。笑えるのは、長寿を望むなら、1日に300杯もの赤ワインを飲まなければならないということ。長生きも楽ではない。(たんのあけみ:食コラムニスト、ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2007年07月号掲載