ニューヨーク初の日本酒専門店

 ビッグ・ニュースである。マンハッタンのダウンタウンに、ニューヨーク初の日本酒専門店ができた。店名は、そのものずばり、SAKAYA。言わずもがな、アメリカ人には、それがどんな意味か知るよしもない。しかしウィンドー越しに店中をのぞきこめば、清酒専門店とは気づかなくとも、たくさんの酒を扱っている店だとは思うだろう。
 オープンしたのは、年もおしせまった一二月一三日。ニューヨークでは、新しいレストランやバー、ラウンジの多くが、九月から年末にかけてオープンする。というのも、外食したり酒を飲んだりする機会が、年末に集中しているからだ。SAKAYAがオープンしたイーストビレッジは、日本人が数多く住んでおり、日本食レストランや食品店も多いことから、リトル・トーキョーと呼ばれている。いまでは家賃も高くなったが、一昔前までは物価も安く、便利で住みやすい場所と言われていた。中でもSAKAYAが面している九丁目は、寿司、蕎麦、焼肉、居酒屋などの和食料理店の他に、タコ焼き店、和風ベーカリー、日本食品店が軒を連ね、マンハッタンに居ながらにして、純日本風食生活が満喫できるエリアとして知られている。
 四間足らずの間口には、どこで手に入れたのか「杉玉」が飾られ、その粋なたたずまいに思わず心が和む。内装は、ヒマラヤ杉の白木の壁にフローリングの床というシンプルさ。棚に並べられた酒瓶の凛とした美しさが、木の温もりと調和して独自の空間を作りあげている。考案した人のテイストが感じられる美しい店だ。
 オーナーは、アメリカ人男性と日本人女性のカップル。ご主人は、かつて人気グルメ&ワイン雑誌の副発行人だったと聞いている。ワインから清酒の道に入った欧米人は、勤勉で好奇心に富み、真の意味でコスモポリタンな人が多いが、彼も例外ではないようだ。
 扱っている清酒は、八五品目以上。むろん、ニューヨークではこれだけの品揃えをしている店はない。隣のニュージャージー州にある日系スーパーのミツワが、最近リカー売場を拡張し、清酒の品数を増やした。が、同店はアジア系のファミリー客が過半数を占めているため、手頃な価格帯の純米や本醸造が主力になっている。求めやすい価格設定という点では、SAKAYAも変わらないが、品揃えに関しては、小売店というよりこちらの酒バーに近い感じで、純米大吟醸から焼酎まで、一味違う個性的な商品を取り揃えている。何よりもフードとのペアリングに関する知識は、さすがグルメ雑誌の発行人だっただけあって、舌を巻く。
 最近ニューヨークでは、非日系のワインショップでも、当然のように日本酒を扱うようになった。だが、商品説明がきちんとできる店は皆無。ましてやどんな料理に合うかなど、まったく知らない店員が多かった。その点、SAKAYAでは、様々な料理や食文化に通じている粋人の店主が、懇切丁寧に自らの知識や経験をシェアしてくれる。これは大きな魅力である。
 同店のもうひとつの魅力は、本人たちが、この店を通じて日本酒のファンと出会えることに、大きな喜びを感じていることだ。ふたりの酒に対するひたむきな情熱が人を寄せ、その人が酒を媒体に、またほかの人を寄せる。マンハッタンで始まった小さな日本酒の輪が、ふたりの無垢な思いを乗せて、人から人へと広がっていくことを心から祈りたい。
(たんのあけみ 食コラムニスト、NY在住)

月刊 酒文化2008年03月号掲載