アマゾンがワインのネット販売を開始

 アマゾン・ドット・コムがワインをネット販売することになった。「本は書店に行って買うもの」という概念を根底から突き崩した同社が、書籍以外の商品を販売し始めたのは5、6年前のこと。いまや電池から料理器具、電動工具まで揃わないものはない。2年前、世界最大規模のオンライン販売網を誇る同社が、食品のネット販売を始めると発表したとき、大半の食品小売業者は、動じる様子がなかった。それまでに何社ものネットスーパーが、食品通販事業に失敗し、頓挫していたからだ。
 現在、アマゾン・ドット・コムは、全米に向けて、約1万5,000品目の非生鮮食品を販売している。多数の関係者の予想は外れ、いまのところまずまずの好成績を上げている。
 アマゾンでは先ず手始めに、地元シアトルで市場テストを実施している、生鮮食品の宅配サービス会社「アマゾン・フレッシュ」の商品リストに、ワインとビールを加え、市場実験を行う構えである。詳細な事業計画についてはコメントを控えているが、まったくのゼロから同事業を立ち上げるつもりのようだ。
 参考までに、アマゾン・ドット・コムには、米最大のワイン・ネット業者、ワイン・ドット・コムが店を出しているが、贈答用のギフトバスケットを売っているだけで、ワインは取り扱っていない。実は、9年ほど前にアマゾンは、ワインのネット販売事業を立ち上げようとしていた某ベンチャー企業に、30億円以上を投資して、45%の株を買い占めたが、翌年失敗に終わっている。ということで、ワインのネット販売については、さすがのアマゾンも、ほぼ実績がないといってもよいだろう。
 何分発表になったばかりなので、業界内の反応を判断するのは時期尚早だが、大半は否定的な見解を示している。最大のネックは、禁酒法の時代から続いている法律の壁だ。現在アマゾンが営業可能な州は、50州のうちわずか26州。それとて、合計10ヶ所に物流センターを建てなければ、営業することもできない。
 同社は、ベテランバイヤーを雇い入れて、全米規模のサプライヤーと直に商談を進める計画だろうが、多くの州では、指定の卸業者からしか酒の仕入れができない決まりになっている。
 法律や税金の問題はさておき、輸送のインフラを整える必要もある。ワインの場合、温度、湿度、光、振動など、環境を整えるのが難しい。その分、コストも割高になる。
 地域によって購買パターンは異なるものの、典型的な米国客は、たいがいその夜飲むものを、最寄りの酒販店で買っていくことが多い。わざわざオンラインで注文するのは、生産量の限られたものや、ビンテージワイン、あるいは好みのワインが低価格で手に入る場合だろう。
 唯一のプラスは、どんな商売でも先に始めた者が有利だということだ。日本と同様米国でも、ワインのネット販売をしている店やワイナリーは星の数ほどあるが、全米規模で1日に数百、数千ケースを売りさばいているネット業者は存在しない。さらに、ワイン購入客の過半数が女性客だということ。秒刻みで家庭と仕事を両立させている働く米国の主婦には、ワインを買う時間がない。ちなみに筆者の今月のカード明細を見ると、ネットで買ったものが7品もあった。コンピュータや文具、化粧品、コンタクトレンズはまだいいとしても、チーズや牛肉までネットで買っている。むろん催事や贈答用のワインを、地元の有名店にオンライン注文しているのは言うまでもない。
(たんのあけみ:食コラムニスト、ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2008年05月号掲載