ローカルな酒

 アメリカの流通業界で、最近「ネイバーフッド(ご近所)」とか、「ローカル(地元)」という言葉がやたら流行っている。
 昨年11月、ロサンゼルス市を皮切りに、ラスベガスやアリゾナに、またたく間に60店もの小型食品店を出店した英国流通業者テスコのUSフォーマット、フレッシュ&イージーにも、「ネイバーフッド・マーケット」というのがついている。言うまでもなく、ウォルマートの食品スーパー業態店の店名も、「ネイバーフッド・マーケット」。
 かたや都市部スーパーマーケットのシェアを根こそぎ奪い取っているナチュラル・オーガニック・スーパーのホールフーズでは、青果売場に地元の地図まで貼りだして、このキャベツはここ、このトマトはここと、集荷地をイラストで表し、地元調達の新鮮さを印象づけている。それでも飽き足らず、「ローカル」と描いたサインを、ひとつひとつの食品にくっつけて陳列しているくらいだ。
 「アルチザン」という言葉も流行っている。これは「伝統工芸などの熟練工」という意味で、ヨーロッパ風な皮の硬いパンやグルメチーズには、かならずといってよいほどこの言葉がついている。「アルチザン・ブレッド」はマスプロダクツとは一線を画した高品質の手作りパン、「アルチザン・チーズ」は小さな酪農家が手作業で作っている少量生産のチーズ、という意味で使われている。
 酒づくりは元来手作りだったし、地酒や地ビールという言葉もあるくらいだから、いまさら「アルチザン」もないだろうと、たかをくくって調べてみたら、あるわあるわ、ワインは元よりバーボン、ウォッカ、ジンの果てまで、アルチザンだらけ。酒といえど時流には勝てないということか、あまりの数に驚いてしまった。
 そういえば、このところ都市部の酒販店を中心に、ラベルに「ハンドクラフト(手作り)」とか、「スモール・バッチ(少量生産)」と書かれたバーボンやジンやウォッカが、棚に少しずつ並べられるようになり、静かなブームを呼んでいる。
 こうした蒸溜酒の多くは、ご近所の家族経営の製造場でつくられており、瓶詰めからラベル貼り、箱詰め、発送まですべて手作業という手の込みよう。むろん、宣伝は一切していないし、少量生産なので、店頭でお目にかかることもそうそうないが、インターネットのおかげもあって、じわじわと市場を拡大しつつある。
 機械化が進む前は、何もかも手作りという時代が長かったし、とりたてて地元やご近所で作られたきゅうりやトマトや地酒を、ありがたがることもなかった。ところが、マスプロ化やグローバル調達が進み、アメリカの至るところで中国産製品が売られるご時勢になると、ご近所の農家が作るローカル野菜や、手作りの国産アルチザン・チーズや、ハンドクラフトのジンが、見直されるものらしい。
 少なくとも、スモール・バッチの蒸溜酒に関しては、商品自体の希少価値だけでなく、質の高さやテイストのユニークさも一役買っているといえる。マスプロ商品にない、作り手のスタイルや嗜好や、時にはユーモアが伝わってくるというか、そうした愉しみを独り占めしているという満足感を与えてくれるのは確かだ。レアものに目がないヨーロッパ人や日本人と違って、アメリカ人はそういうものに頓着しない国民かと思っていたが、さすがにここまで成熟すると、こだわりが出てくるものらしい。今後も、斬新な蒸溜酒の出現を期待したいものだ。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2008年08月号掲載