アルコール・ファクツ

 アメリカでは、保健福祉省が、一日の適当なアルコール消費量として、「男性は二杯、女性は一杯」と指導している。実は、この一杯」(英語でいうとワン・サービング)というのが曲者で、大ジョッキになみなみと注がれた生ビールと、華奢なマティーニグラスに注がれたカクテルでは、同じ一杯でもかなり意味合いが違ってくる。
 そこで調べてみたところ、カテゴリー別に一杯の基準があるらしい。米国消費者連合によれば、「ビールは三六○ml、ワインは一五○ml、八〇度のスピリッツ系は四五ml」が、アメリカでのスタンダードだそう。ということは、ビールであれば、小ジョッキに一杯、ワインであれば、中くらいのワイングラスに一杯、カクテルであれば、マティーニグラスに一杯が適当ということか。女性は男性の二分の一の量、というのがやや気に食わないが、これはすこぶる覚えやすくてよい。
 実際に、こういったガイドラインがどれだけ米国民の間に浸透しているかというと、アンケートでも取らない限り想像の域を出ないが、アルコールを飲まない人は、いかなる状況でも一滴も飲まないし、反対に飲む人は、たいがい一杯ではおさまらない、というのが、大方のアメリカ人が認めるところではなかろうか。
 ところで、この米国消費者連合という団体だが、よほど米国民の飲酒量を減らしたいらしい。先日『アルコール・ファクツ』なるものを発表した。とはいっても、一ページの紙に書かれたただのリストなのだが、そこにはビール/フレーバー入りモルツ飲料、スピリッツ、ワインの順に、合計二六銘柄の人気べバレッジ商品がリストアップされ、その横に栄養成分やカロリー数が表示されている。早い話が、お酒を飲むときには、体重増加にご注意あそばせ、というメッセージ(警告)である。
 ここニューヨークでは、すでに一五店舗以上の外食店を経営するレストランチェーンは、店頭のメニューボードにカロリー数を表示するよう義務付けられている。たかだかハンバーガー一個分のカロリーを消費するのに、一時間以上全速力で走らなければならないとわかれば、ほとんどの客は、より軽量でヘルシーなメニューに変えるだろう。
 外食業者にしてみれば、命取りの悪法も、消費者にとってはまさに命拾いの良法となる。『アルコール・ファクツ』の警告も然り。成人の三人に二人が太りすぎという肥満大国アメリカでは、もはやなりふりをかまっていられない段階にまで肥満問題が深刻化している。アルコール飲料のカロリー表示は、未だに義務づけられていないが、知らないより知っていたほうが絶対によい。
 筆者は、どういうわけか、ビールは太るとずっと思い込んでいた。逆にスピリッツ系は、なぜか低カロリーだと信じていた。が、この白書を見て、アムステルライトとアブソリュート・ウォッカでは、後者のほうがカロリー数が高いことがわかった。これにリキュールや果汁を入れていたら、蒸溜酒とはいえけっこうなカロリーになる。これからはオンザロックスか水割りにしよう。 
 困ったのは、ワインと牛乳の選択である。一杯がほぼ同カロリーとわかったからだ。若かりし頃であれば、躊躇なく牛乳を切っていた筆者も、カルシウムの必要性をひしひし感じる微妙なお年頃。さりとて骨粗しょう症の恐怖に負けて、酒を諦めたとあっては、女の沽券にも関わる。というわけで、牛乳は勿論飲み、ワインを一杯だけ減らすことに決めた。
(たんのあけみ NY在住)

月刊 酒文化2008年09月号掲載