「ノンアルコール・カクテル」ノススメ

 知り合いに自他共に認める食通がいる。新しいレストランがオープンすると、よく連れだって食べに行く。情報の仕事をしている私は、とりあえず一度は、話題の新店をチェックすることにしている。が、味、サービス、環境と、何かにつけうるさい彼は、よほどのインパクトがない限り、新店を自分のお気に入りのリストに加えることはない。
 私の回りには、フードサービス業界関係者が多いが、ホワイトハウスのクリスマス正餐会に招かれたことがあるという人は、彼しか知らない。この間、福田首相の退陣の話をしているときに知ったのだが、なんと日本の首相官邸にも何度か招かれたことがあるらしい。
 何年か前、体をこわして、九死に一生を得たという彼は、酒を飲まない。ドクター・ストップがかかっているわけでもないらしいが、自分のことはあまり語らない人なので、なんとなく聞きそびれている。彼と待ち合わせをするとき、いつも驚くのは、レストランのバーやラウンジで、決まっておしゃれなグラスにつがれたカクテルを飲んでいることだ。聞くと、アルコール分は入っていないという。それが、ちょっとドライなソーダがベースになっていたり、エキゾチックな果汁や野菜ジュースがベースになっていたりして、なかなかイケル味なのである。
 いままで酒のメニューにしか目を通していなかったが、そういえば、最近、アルコール抜きのカクテルをメニューに加えるレストランが増えてきたように思う。友人があちこちのドリンクメニューを熟知しているのは、必ずサーバーに、「お奨めのノンアルコールのオリジナルカクテルはないか」と訊いているからだ。意外だったのは、超一流店と言われるフレンチ・レストランでも、自店の料理にあったアルコール抜きのオリジナルカクテルを出していたことだ。
 かつてファミレスのチェーンが、アルコール抜きのピニャコラーダや、フローズンマルガリータを出していたことがあった。子供や妊婦、お年寄り向けのドリンクだが、飲んでいる人のなかには、車を運転して帰るので、という人もいた。ノンアルコールビールも一時流行ったが、最近ではあまり見かけなくなった。
 日本と違ってアメリカでは、外食時に酒を飲まない人は多い。調べてみると、2割の客は飲まないそうだ。ペレグリーノならまだしも、食事中に、2杯も3杯もダイエットコークをお代わりされると、飲んでいるほうはひどく居心地の悪いものである。しかし、件の彼は、いつも我々と同じペースでノンアルコール飲料を楽しみ、料理に舌鼓を打っている。
 外食店でノンアルコール飲料を提供し始めると、酒の売上が落ちるというむきもあるようだが、私はそうは思わない。2時間強に及ぶ会食の際に、何人かの食事客に、ずっとミネラルウォーターやソフトドリンクを飲まれるより、大人の味のするアルコール抜きのオリジナルドリンクを、その2倍の売価で飲んでもらったほうが、売上倍増や顧客満足につながる。第一、傍から見てもエレガントで洗練されている。飲まない相手に余計な気遣いをしなくて済む分、酒を飲んでいるほうの酒量も上がるというものである。
 そういえば、この間東京に出張したときに、焼酎に青汁やアロエをミックスして出している「健康ドリンクバー」に連れていってもらったが、例えば、アサイやゴジベリーやザクロなど、抗酸化作用満点のスーパーフルーツジュースをベースにした健康ドリンクなど、女性客やストレスフルなニューヨーカーに受けそうだ。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2008年11月号掲載