ニホンのウォッカ

 シカゴのレストラン&ラウンジ「SHOCHU」が閉店した。4月にオープンして以来、わずか数ヶ月の儚きいのちだった。
 「日本酒すら飲んだことのないシカゴ人に焼酎を広めようとしたのが時期尚早」というのが関係者の一致した意見だ。シカゴにお住まいの方々には申し訳ないが、粋がってみても、所詮はステーキとジャガイモの街。見たことも聞いたこともないアジアの酒を、“ヘルシーなオルタナティブ・リカー”として流行らせようとしたところに無理がある。
 焼酎が健康的だというのは、ウォッカよりアルコール度数やカロリーが低く(2オンス35キロカロリー。ウォッカは120キロカロリー)、適度に飲むと心臓病や糖尿病の予防にも多少効果があるというところからきていると思う。赤ワインにしても同じことが言えるが、酒にどれほど健康効果があるにせよ、そればかりを前面に打ち出すのは、酒に対してあまりにも失礼ではないだろうか。
 健康になりたければ健康飲料を飲めばいいし、痩せたければダイエット飲料を飲めばいいのであって、そのためにわざわざ焼酎やワインを飲む必要はない。ヘルシーだとか低カロリーだというのは、飽くまで付加価値であって、酒本来の旨さや価値とは関係ない。焼酎を屋号に掲げ、 “日本のウォッカ”をなんとかシカゴに根付かせようとした米国人経営者夫婦には辛口になるが、美味しい酒を勧めるのに健康談義はご法度だ。
 日本の皆様には、どのような情報が流れているかわからないが、現在焼酎は、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ラスベガス以外の市場では、ほとんど手に入らないし飲めない。ニューヨークの日本食レストランですら、焼酎を置いていない店があまたある。というのも、リカー・ライセンスによって、日本酒、ワインはOKでも、アルコール濃度の高い焼酎を置けない店があるからだ。ジンロに代表される韓国焼酎は、こうした店でも扱えるため、ラベルに「ソジュ」と印刷して売っている日本焼酎もあると聞く。
 輸入業者は、この日本食&スシブームに乗って、焼酎をポストウォッカ時代の酒として位置づけようとしている。が、市場に飛び交っているのは、低カロリーであること、湯、水、ソーダ、茶で割っても、ロックにしても飲めること、湯で割る場合は梅干を入れて飲む人が多いこと等々、米国人にとってはあまり興味のなさそうな情報ばかりだ。焼酎自体に馴染みがないので、いざ焼酎バーに連れていかれドリンクメニューを手渡されても、目をしろくろさせるばかり。芋がいいかとか蕎麦がいいかとか、いろいろ訊かれ、初めて焼酎は様々な原料を使って作られていることを知る。韓国焼肉店のあるところどこにでも置かれている韓国焼酎と比べると、物流コストの高い焼酎は甲種でも敬遠されがち。その数倍高いプレミアム焼酎になど、5年たっても辿り着けるものではない。
 問題は、誰に、いかに売るかだ。筆者であれば、闇雲に宣伝を打ったりはしない。その筋のブログやメディアを通して、ワインや日本酒の熱狂的客層にリーチし、種を蒔き、イベントの雨を降り注いで、未来の売り手候補とユーザー候補を同時に育成する。双方をうまく囲い込むことに成功すれば、売上を予測したり、計画的に新商品を投入することが容易にできる。無店舗でもビジネスが出来るかもしれない。要は、自社焼酎を介して、市場の構成要因である彼らひとりひとりと、どれほど深く、かつ強く結びつけるかが鍵である。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2009年01月号掲載