ピンクスリップ・パーティ

 “ピンクスリップ・パーティ”と聞くと、なんとなくいかがわしいパーティを連想する。が、これは、ピンクのスリップを着たナイスボディの金髪美女が、目の前でしなしな踊ってくれる、ああいった類のパーティではない。ピンクスリップとは、解雇通知の俗称である。アメリカでは、週給、隔週給、月給と給料の支払い方はさまざまだが、たいがいの給料取りは、金曜日に封筒に入った小切手を手渡される。その封筒のなかに、ピンク色の紙、つまりピンクスリップが入っていたら、解雇ということになる。
なぜピンク色なのかはわからない。戦時中、日本にも赤紙というものがあったが、目立つ紙に書こうと思ったら、たまたまピンクの紙があったということなのか。調べてみたところ、20世紀初めからこういう言い方がされてきたらしい。
 文面は、「解雇通知 ○○○○様 ただちにデスクを空けてください。弊社ではもうあなたに働いていただく必要がなくなりました。グッド・ラック!」というものから、「○○○○様 あなたは解雇になりました」というシンプルなものまでいろいろ。
 100年に一度という金融危機を迎えたこの国では、11月だけで、53万3000人の失業者を出した。震源地ウォール街を抱えるニューヨークでは、さすがにビジネススーツを着たホームレスはまだ見当たらないが、「仕事をください!」と書いたボードを体にくくりつけ、その昔流行ったサンドイッチマンのような格好をして、ネクタイ+スーツ姿の中年男性が、ウォール街をうろつくようになった。
 昨年まで何十億円ものボーナスをもらっていたビジネスエリート達だから、早期退職でもすればいいのにと考えるのは素人。何億ものマンションを現金で買い、毎晩何千ドルもするシャンペンをぽんぽん開ける。そういう連中に限って、宵越しの金は持たないものだ。解雇されれば、即路頭に迷う輩も少なくないだろう。いまはまだ失業保険が出ているからいいものの、あと2、3ヶ月もすれば、ローンやクレジットカードの返済ができずに、フェラーリやクルーザーやブルガリの宝石を手放す人がわんさか出てくるに違いない。
 話を本題に戻そう。こういうとき、決まってみょうちくりんというか、絶対に日本人が考えつかないような奇抜なアイデアを出してくるのが、アメリカ人だ。今回も金融業界の大惨事を見てバーを貸切り、大掛かりな失業者親交パーティ、“ピンクスリップ・パーティ”を開催した女性のパーティ・オーガナイザーがいる。その呼びかけがまたふるっているのである。意訳すると、「ひとりで落ち込んでいないで、犠牲者同士なぐさめあいましょう」というもの。現在人材募集中のリクルーターや、企業の人事担当者も25名集めた。
 当日、バー「パブリック・ハウス」の前には、どこで聞いてきたものか、およそ500人の元金融関係者たちが、長蛇の列を作った。入場料は20ドル。それも慈善団体への寄付という大義名分がついている。バーの入り口で、会費を支払った参加者たちは、めいめい発光性のリストバンドを手渡された。求職者は赤、求人者は緑。
 テーブル席では、リクルーターがコンピュータを前に、履歴書を持った求職者を面接。順番を待つ人々は、隣り合った人々と、アルコール片手にネットワーキングをした。飲み物も、バドワイザーが1杯2ドル、ジンカクテルが4ドルという不況時価格。酒の力も手伝って、しんみりとしたなかにも一縷の望みが感じられる、なごやかなパーティになった。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2009年02月号掲載