窮地に立たされる酒店

 えらいことである。ニューヨークを舞台に、スーパーと酒類販売店の間で壮絶なワイン戦争が始まる可能性が出てきた。事の始まりは、ニューヨーク州知事が発表した○九年度の州予算である。ウォール街からの税収入が見込めなくなった同州では、映画のチケットからタクシー代金や音楽のインターネット・ダウンロードまで、なんと一三七もの税金を新たに課税すると発表したのである。
 そのなかには、ビール税の増加(現行のほぼ二倍)や、小児肥満の要因とみなされている炭酸飲料やオレンジジュースへの課税も含まれている。一・五兆円もの財政赤字を埋めるためには、思い切った政策を敢行するほかないというのが、同州知事の言い分だが、なかで最も物議を醸しているのが、今後、食品スーパーやコンビニにおいて、ワイン販売を許可するという議案である。
 ニューヨーク州では、過去四〇年間に渡って、スーパーやコンビニエンスストアにワインの販売許可を与えるべきかどうか審議が続けられてきた。そのたびに議案は却下され、酒類販売店ではハードリカーとワイン(ビールは不可)、それ以外の食品店ではビールの販売のみを許可してきた。それが、どうも今回に限って議決されそうな勢いなのである。
 某紙によると、ニューヨーク州で営業する酒類販売店の数はおよそ二四〇〇店。大手チェーンが入り込めないよう規制が敷かれているので、ほとんどの店が小さなパパママショップだ。対し食品店は一万九〇〇〇店存在する。それらにワイン販売許可を売って、ニューヨーク州は一〇〇億円稼ぎだす魂胆だ。スーパーやコンビニエンスストアがワインを扱うようになれば、いわずもがな近所の酒店の存続が危うくなる。このご時勢にハードリカーの売上などしれたもの。ワインの売上をスーパーに持っていかれれば、酒店は店を閉めるしかない。
 酒好きな消費者の立場として思うのは、スーパーがワインを置くのは構わないが、それによってご近所の酒店がなくなってしまうのはちょっと困る。家から歩いて五分の圏内に五店の酒店があるが、それぞれの店に特長がある。一店は、ボルドーワインに強く、一店はスモールバッチ(少量生産)のウイスキーやジンの品揃えが面白い。もう一店は、盛り沢山の店内イベントを導入してご近所の溜まり場的存在になっている。店主のキャラクターもそれぞれ違って興味深い。
 ギフト用ラッピングがしゃれた店、パーティ用ケータリングを頼んだらピカイチの店、小口のデリバリー注文を毎回快く引き受けてくれる店、飲みごろのシャンパンをいつも冷やして置いている店、レアもの・掘り出しものがある店などなど。個人経営店の魅力や、使い勝手のよさを数え上げればきりがない。近所のスーパーやグルメショップで、チーズやスモークサーモンと一緒にワインを買えるのはありがたいし、ワインの価格が安くなるのは大歓迎だ。が、これまで生活の一部だったご近所の酒店が姿を消してしまうのは、なんともはや心もとないし、生活が味気ない。
 スーパーができ業種店がなくなって、人々の生活はより便利になり平均化された。それを憂う気持ちはないが、こと酒に関しては、店主のこだわりや嗜好や哲学がひしひしと伝わってくる酒店を、一店でも多く残したいと思うのは筆者だけであろうか。
(たんのあけみ NY在住)

月刊 酒文化2009年03月号掲載