バレンタインデーの小さな工夫

 バレンタインデーは、アメリカでも大きなイベントである。日本の“義理チョコ”のような習慣はないが、この週だけでチョコレートが年間売上の5%(約500億円)も売れるそうだ。日本と違うのは、男性が女性に愛を告白する日だということ。未婚カップルに限らず、夫婦が愛を確かめあう日でもある。また、家族同士や友達同士で、カードやギフトを交換する人も少なくない。
 チョコレートのほかに、バレンタインデーのギフトとして知られているものに、バラの花束や香水やロゼ・スパークリングワインがある。最近は日本でも、恋人の名前を印刷した特別なスパークリングワインを、バレンタインデーの贈り物として提案しているネットショップがあるようだが、店頭ではまだまだ盛上がりに欠けるのではないだろうか。
 アメリカでも、チョコレートや香水といった他のギフトに比べ、いまいちロゼ・スパークリングワインの店頭プロモーションで際立ったものがない。どこも決まりきったように、店の片隅に特設コーナーを作り、スパークリングワインのボトルやワイングラスをおいて、ピンクの風船や赤いリボンやハート形のクッションやバラの花で飾りつけるだけ。他のギフトと違って販売店の数が圧倒的に少ないこともあるが、たった一日だけのイベントに、金とエネルギーをかけてもしようがないという店側の諦めも手伝って、いつもあまりぱっとしない。
 逆に外食業界では、特製のバレンタインメニューを用意。ピンクの箱に入った可愛らしいチョコと、ロゼ・スパークリングワインを無料進呈するなど、愛し合う二人の特別の夜を演出するために余念がない。その努力が実ってか、ここマンハッタンでは、一年のうち最もレストランの予約が取りにくい日はバレンタインデーだと言われるほど、どこのレストランも幅広い年齢層のカップルで満席になる。
 それもそのはず。たかだかバレンタインデーとはいうが、新年やクリスマス、感謝祭に次ぐスパークリングワインの最高売上シーズンなのである。ニールセン社の調査によると、バレンダインデーをはさむこの一週間に、およそ88万1000本のスパークリングワインが売れているそうだ。今年は8億円以上の売上を見込んでいるとか。同シーズンの特徴は、恋人や伴侶を印象づけるために、いつもより高めの酒を買う客が多いこと。ちなみに、1本の平均価格は9.75ドルで、他の祝祭日より5%高くなっている。
今季、景況の冴えない米スーパー業界で、バレンタインデーの特別プロモーションを打ち、一際精彩を放った企業があった。2ドルの安ワインで名を轟かせたトレーダー・ジョーズである。同店では、レジ横の最も目立つ場所に大きくスペースを取り、スパークリングワインを並べた。主力は9、10ドル台のワイン。同店はPBが多いので、どれも知名度は低いが、同店の信用度は、すでに“2ドルのチャック”で立証済みなので、品質を懸念する顧客はいない。
 何よりも顧客を喜ばせたのは、特製のワイン袋だ。赤い葡萄の葉が描かれたワインボトルとグラスが印刷された、どこにでもある安価な茶紙袋だが、記念に仕舞っておきたいほど可愛らしい。ネットで検索したら、あちこちで称賛のブログが書き込まれていた。何だか今後定着しそうな勢いだ。ちょっとしたアイデアだが、小売業者は、工夫をすれば、こんな風に消費者の生活を明るく和ませることもできるのだと改めて思った。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2009年04月号掲載