心憎いドリンク・メニュー

 9日間かけて東海岸から西海岸まで、5つの都市を回った。出張で楽しみなのは食事である。多彩な郷土料理に恵まれた日本とは比べ物にならないが、アメリカにも土地々々の名物料理がある。十指に余る店を食べ歩きながら、日本からやってきた顧客が何よりも驚いたのは、不況時にも関わらず、どの店も大繁盛していたこと。それもそのはず。行ったのがどれも“安くて、美味しくて、サービス満点”の店だったからだ。
 客にとって“心憎い店”というのがある。料理の味、価格、メニュー構成、店の雰囲気、サービスといろいとあるが、何をとっても文句のつけどころのない店だ。今回は、サンフランシスコで行った「ツー」というおしゃれな新アメリカ料理店のドリンク・メニューに舌を巻いた。まるでこちらの心理と、財布の中身を読みすかしているような賢いメニューだったからである。
 まずオリジナルカクテルが10品(11〜12ドル)、グラス売りのシャンペン/スパークリングワイン各1品(18ドル/10ドル)、同赤白ワイン各7品(9〜14ドル)、生ビール6品(6〜8ドル)、瓶ビール6品(4.5〜8ドル)、ハウスワインの赤白がグラス(7ドル/5ドル))という構成になっている。
 カッコの中は、グラス一杯の値段だ。カジュアルとはいえど、「ツー」は店構え、知名度からいっても一流店。それが、相場の15〜20%下の価格設定をしている。道理でバーがあんなに混んでいるわけだ。面白いのは、グラス売りワインのボトル価格がきっちりその4倍になっていること。つまり、ボトルのほうが2杯分得ということだが、これほど明確な価格設定をしている店も珍しい。
 ワインの名産地とあれば地元ワインがほとんどかと思いきや、ワインリストにはヨーロッパや南米産のワインも適度にミックスされている。反対にビールは、ドイツ産やベルギー産に混じって、サンフランシスコ産の生が2品、カリフォルニア産とオレゴン産の瓶ビールが4品も入っていて驚かされた。
 地元で採れた新鮮素材を駆使した旬の料理を売り物とする「ツー」だけあって、カクテルにもローカル素材がふんだんに使われている。ウォッカとクワントーロをベースにした“ロイヤル・ハウンド”には、生のルビー・グレープフルーツが入っている。ゴールデンビートをインフューズしたショパン・ポテトウォッカに、新鮮なオレンジ、レモン、タイムを加えた“ゴールデン・ビートニク”や、カクテルの古典ともいえる“フレンチ75”のレシピを、地元産のジンと、いま米国ではやっているサンジェルマン・エルダーフラワー(リキュール)を使って書き換えた“ツー75”、バティスト・ラムに生のイチゴ、レモン、ライム、ミントを入れ、フランボワーズ・リキュール、ペルノー、ソーダをミックスした“バティストの物々交換”など、どのカクテルにもフレッシュな地元果物やハーブが使われている。
 言うまでもなく、これらのカクテルを編み出したのは、ミクソロジストと呼ばれるバー・シェフだ。かつてこの国でカクテルといえば、酒とカクテルミックスとソーダガンがあれば十分だった。が、いまではバー・シェフのおかげで、厨房でしか使われなかった新素材が、どんどんカクテルに利用されるようになった。今後、料理長とバー・シェフが連携した魅惑的なカクテルとワインと料理のペアリング・メニューが紹介されることはまちがいない。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2009年05月号掲載