iPhoneを利用した“ワン・トゥ・ワン・マーケティング”

 自慢するわけではないが、古い人間である。アナログ的思考や生活様式が、体にしっくりなじむ。にもかかわらず、最近デジタル関連の仕事を依頼されることが多い。必要は発明の母。遅ればせながら、少しずつ勉強し始めた。その矢先、知人に教えられた3G携帯電話用のアプリケーションを見て驚愕してしまった。    
 名称は、『SIT OR SQUAT(座るかかがむか)』。名前からしてうさん臭い感じだが、使ってみて仰天した。なんと全米のトイレの場所が網羅されているのである。それも清潔なトイレかどうかといった情報も載っている。なるほど。だから“座る”(清潔なので便座に腰を下ろせる)か、“かがむ”(便座に腰を下ろさず、しゃがんで用をたす)か、なのだ。
 何より印象づけられたのは、その無料アプリのスポンサー(開発元)が、トイレットペーパーの大手メーカーだったこと。自社の宣伝は一切なし。ものすごくかっこいい宣伝だと感心させられた。
 米食品メーカー大手のクラフトでも、『iFood Assistant(アイフード・アシスタント)』という、iPhone用のアプリを開発している。何百もの料理レシピをフィーチャーした使い勝手のいいアプリだ。ちゃっかりしているのは、料理に必要な食材に、ことごとく自社製品を使っていること。ユーザーは、レシピから買物リストを作り、GPSで、その商品を扱っている最寄のスーパーを検索する。プロモーション等の情報も送られてくる。動画を見ながら料理できるのも嬉しい。さらに魅力的なのは、それを自分だけの“マイ・レシピブック”に保存し、いつでも好きなときに取り出せることだ。クラフトにはよほど頭の切れるスタッフがいるにちがいないが、このアプリを使っていると、同社の新製品情報が、写真付きでがんがん送られてくる。にも関わらずクラフトは、これを99セントで売っているのだ。驚くべきは、ユーザーがこの宣伝付きのアプリを喜んで使っていることである。その証拠に、何百、何千とあるiPhoneのライフスタイル・アプリのなかで、クラフトのiFoodは、過去半年間、ダウンロード数トップテンに輝いている。
 実は、同トップテンには、飲料業者や外食業者が注目すべきアプリが、2つ入っている。ともに、酒とカクテルのレシピが載っており、ひとつは5800種類、もうひとつは2万のレシピが収められている。この他に感心したのは、『Drink Pro(ドリンクプロ)』というアプリだ。名称やカテゴリーやベースで、カクテルレシピを検索できるのは他と同じだが、在庫管理やグラスやタンブラーのセレクション、バーテンダー技術、必要な器具といった情報が載せられているうえ、英語圏の国々のバーが、カテゴリー別に検索できるようになっている。おまけに、アルコールの血中濃度のカウンターまでついている。
 このほかに『Poket Cocktails(ポケット・カクテル)』というアプリがあるが、そのなかにある『ポケット・ソムリエ』は、ワイン好きでなくともポケットに忍ばせておきたいと願うアプリだ。
 こうしたアプリには、まだどの飲料メーカーも目をつけていないようだが、そのうちスポンサーがつき、ウォッカやジンやビールの新製品やプロモーション情報が、メーカーから末端ユーザーに直接送られてくる『ワン・トゥ・ワン』の時代がやってくるのは想像に難くない。3Gはこれからのマーケティングに欠かせないツールである。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2009年07月号掲載