オーガニックなワイン

 最近暇を見つけては、川向こうのブルックリンに通っている。ほぼ四半世紀、マンハッタンに住んでいる筆者にとっては、あまり認めたくないところだが、レストランといい、バーといい、どうもあちらのほうが面白そうなのである。
 なかでもパークスロープは、町のなかに一種のコミュニティ意識があって、ご近所付き合いが楽しそうというか、いかにも住みやすそうだ。ブルックリンの魅力に開眼させられたのは、3年前、若いシェフ夫婦の経営する小さなレストランに行ったときである。その店は、パークスロープの目抜き通りからちょっと横に入った場所にあった。店の名前は、「アップルウッド」。“ウッド”は、木材とか酒樽という意味もあるが、ここは「リンゴの森」と訳しておこう。使用している食材が、すべてオーガニックか地元産と聞いて出かけて行った。そこで目を引いたのは、オーガニックのワインリストだった。
 いまでこそ有機ワインのコーナーを設けている酒店もあるが、当時オーガニックワインは、この辺りでも全く市民権を得ていなかった。アップルウッドで出したワインも、国産はなく、ヨーロッパ産がほとんどだった。今回久しぶりに訪れて、同店のワインリストが数倍長くなっていることに驚いた。数えてみたら白(25)、赤(24)に、ロゼ、スパークリング、赤白のハーフボトルまで、100以上の銘柄が揃っている。
 あれれ、と思ったのは、リストの下に書かれた但し書きだ。直訳すると、「当店のワインは、すべて“持続可能な農法”か、“有機農法”か、“バイオダイナミック農法”で栽培されたぶどうからつくられたものです」と書いてあった。
 最近、「オーガニックワイン入荷」と書かかれた店に入ると、似たような説明を書いて棚に出している店が増えた。商品のラベルをみると、「有機ぶどうでつくられています」と書いてはあるが、どこにも「オーガニック」とは書かれていないし、米農務省の丸いシールも貼られていない。
 言うまでもなく、米国で「オーガニック」とラベルに印刷したければ、米農務省が指定する許認可団体からの“お墨付き”が必要だ。それには少なくとも3、4年の月日がかかる。が、米国のワイナリーにとって何よりも面倒なのは、オーガニックワインには二酸化硫黄が使えないことだ。
 ちなみにEUでは、二酸化硫黄の使用が正式に認められている(米国で流通しているオーガニックワインの大半が欧州産なのはそのため)。米農務省の基準に合格するには、「95%以上の認可された有機ぶどうを使い、二酸化硫黄を含む一切の添加物、保存料を含まないもの」となる。ラベルに「オーガニック」と出ている国産ワインが少ないのは、製造が著しく困難だからだ。一方、「有機ぶどうからつくられています」と書かれたワインはよく目につくようになった。これにしても、「70%以上の認定有機ぶどうを使い、二酸化硫黄の量を100 ppm以下に抑えたもの」という厳しい規制がある。 
 多くの製造業者は、「二酸化硫黄を使わないワインはワインではない」と証言する。が、ベンジガー(ソノマ)が、01年に初めてつくった “トリビューン”のように、卓抜したクオリティとテイストで、ファンを魅了しているオーガニックワインもある。二酸化硫黄の問題はさておき、他の農作物と比べても、ぶどうが農薬依存の著しい果物であることは明らか。より安全なワインを飲みたいという消費者心理が、今後オーガニックワインの売上(年間約130億円)を押上げる可能性も少なくない。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2009年08月号掲載