新スタジアムで地ビールを楽しむ

 〇九年はNYの野球ファンにとって記念すべき年になった。心待ちにしていたヤンキーズとメッツの新球場が共にヴェールを脱いだのである。総工費一三〇〇億円を投じた新「ヤンキーズ・スタジアム」は、ブロンクス区にある旧球場の真横に建てられた。一方、八五〇億円をかけたメッツの「シティ・フィールド」は、マンハッタンの東側にあるクィーンズ区に位置している。どちらも客席や通路が広くなり、フードやアメニティが数段よくなったとなかなかの評判だ。
 アメリカで野球観戦といえば、何をおいてもビールである。立売り子が、「ビヤ、ヒヤ、ビヤ、ヒヤ」と大声をがなりたてて客席まで売りに来る。「ヒヤ」というのは、当たり前だが「冷えたビール」というのではなく、「ビールが(ここに)ありますよ」の「ここ」という意味だ。
 ヤンキーズには芸達者な売り子がいて(とはいえ、もう五〇を過ぎたおっさんだが)、オフのときは、地元のコメディクラブでステージに立っているらしい。十八番は、「球場でビールの売り子をするというのは、巨乳の女性になった気分。ヒモが肩に 食い込むし、背中は痛いし、いつも胸のあたりに男たちの視線が集中しているから」というもの。試合が盛り上らないときは、売り子のトークを聞く楽しみもある。
 ヤンキーズもメッツも、それぞれ趣向を凝らした酒類販売プログラムで競い合っているが、シーズン開幕早々、ことビールに関してはメッツのほうが上だと、マスコミやブログに流れたことがあった。新ヤンキーズ球場は、「ハードロックカフェ」や「トミー・バハマ・バー」や「モヒーガン・サン・スポーツバー」など、数多くの人気レストランやバーが入っており「世界のビール」や「レトロビール」をフィーチャーしたビールスタンドも多いのだが、クラフトビールのセレクションがあまりにもお粗末だというのだ。かたやメッツ球場には、ニューヨークが誇る地ビール「ブルックリンラガー」が積極導入されていた。
 折りしもブルックリンラガーでは、今春「ローカル1」と「ローカル2」という新ラインを発売したばかり。当然のことながら、双方の新球場に対して、唯一の地元産ビールとして自社ビールをアピールする気持ちがあったと思う。が、その想いが、ヤンキーズには伝わらなかった。
ところが、最近になってヤンキーズが、ブルックリンラガーを世界のビール・スタンドで売り始めたことがわかった。なぜニューヨークの地ビールが、ベルギーやドイツのビールと並んで「輸入ビール」の価格表にのっているのか理由はわからないだが、とりあえず地元住民としてすっきりした感じだ。
 気に入らないのは、その価格表にそれぞれのビールのカロリー表示がのっていること。むろんライトビールは一〇〇キロカロリー以下だが、さあ、これから飲んで大声を出して、ストレスを発散させようというときに、とんだお節介である。それに、なぜブルックリンラガーやステラアルトワが、アムステルライトやバドライトと同じ値段(八ドル五〇セント)なのか、それも理解に苦しむ。
 ヤンキーズファンにとって朗報は、今季から外野席で酒が解禁になったことだ。外野席は、筋金入りのヤンキーズファンが陣を張っているが、過去八年間飲酒はご法度だった。これまで酒を隠し持ってきたり、手洗いで密売人からミニチュアウィスキーを買っていたが、今後は晴れて大空の下で酔っ払える。めでたい。(たんのあけみ・NY在住)

月刊 酒文化2009年09月号掲載