昼酒が似合う町

 セントルイスに行ってきた。米国ジャズ界の巨匠、マイルス・デイビスを生んだ町だ。ラテン系人口がどんどん増えるなか、まだ黒人が過半数を超える数少ない「黒人の町」でもある。美しく整備されたダウンタウン再開発地区の回りには、荒れ果てた市街地が並び、産業空洞化の深い爪痕を残している。
 いまは隣りのカンザスシティのほうがジャズが盛んだと聞いていたが、最初に立ち寄った小さなスーパーでは、二階のワイン&リカー売場の前のインストアカフェで、昼下がりにジャズのライブコンサートを催していた。さすがはジャズの町である。二〇名ほどの年配客が、下の総菜売場で買ってきたフードを持ち込み、ジャズを聴きながらランチを楽しんでいた。ワイン売場に設けられたテイスティングバーでは、食事客にワインやハードリカーのサンプリングを薦めている。
 びっくりしたのは、階下の出入口を見張っていた警察官が、テイスティングバーにやってきたときだ。セントルイスは、犯罪多発都市として、毎年ワースト3に選ばれている危険な町である。いままでガードマンが入口に立ったドラッグストアには一度入った経験があるが、現職の警官が入口を見張っているスーパーはこれが初めて。件の警察官は、カウンターでソムリエが出したバーボンをくいとあおると、何事もなかったように下の売場に降りていった。こういうハードボイルドなシーンは、やはりハードリカーでなければ決まらないといたく納得した。
 翌日は郊外に足を伸ばした。九月に開店したばかりのスーパーに行ったところ、一七〇〇銘柄のワインを取り揃えたワイン売場があった。最近相性の良さに目をつけて、チーズ売場をワイン売場に隣接させるスーパーが増えている。が、この店では、いままでにないユニークな方法で、ワインとチーズをドッキングさせていた。二つの売場の真ん中に、「ワイン&チーズルーム(冷蔵)」を作り、そのなかにチーズとワインをディスプレーしているのである。この店には、出入口が二ヶ所についた大きなウォークインの冷蔵ビールルームがあるが、このワイン&チーズルームもウォークインになっていて、入口も双方に設けられている。それもご丁寧に、入口のハンガーには客用にコートまでかけてある。
 ワイン売場には、効率よく設計されたエレガントなテイスティングバーが設けられ、ソムリエもきりっとしていて、スーパーの売場というよりどこかおしゃれなホテルかレストランのバーのような雰囲気がある。
 そのスーパーは、作り立てのフレッシュフードに力を入れていて、店内のあちこちで試食を薦めていた。店のなかには、二つのカウンター式レストランが入っていて、中二階にはチェーン初の料理学校も設けられている。一番客が集まっているデモキッチンでは、手作りのグルメソーセージの試食を行っていた。それが地方都市とは思えないほど才能豊かなデモンストレーターたちで、いかにも美味しそうに商品説明をしては、熱々のソーセージを配っている。試食したなかに三○代の男性が二人いて、何を思ったか、ワイン売場に行って、ソムリエに何事か頼んでいる。どうもワインの試飲をねだっているらしい。試飲の時間帯にはまだ早かったが、ソムリエはにこやかにグラスを出すと、ワインを注ぎだした。結局その客は、数本のワインを買って、ソムリエと握手をし、上機嫌で帰っていった。セントルイスは、昼間でも酒が似合う町である。(たんのあけみ・NY在住)

月刊 酒文化2009年12月号掲載