エネルギー量で競うダイエットビール

 いま米ビール業界を騒がせている「セレクト55」が、とうとうニューヨークに現れた。アンハイザー・ブッシュが、限定市場でテストマーケティングしている新低カロリービールである。意外だったのは、食品スーパーではなく、地元ドラッグチェーンの店頭に現れたこと。考えてみるとマンハッタンは、ビールの市場テストにはやや不向きな市場といえる。地代が高いため、コンビニの数が著しく少なく、スーパーもこの10年で3分の1減っている。おまけにニューヨーク市には、酒店でビールを扱ってはならないというややこしい規制がある。だからここで新ビールの市場テストを行うとしたら、数ブロックに必ず1店はあるドラッグストアに置くほうが理にかなっている。小売店と並行して、ご近所のバーでも「セレクト55」を出し始めた。店主いわく、「思ったより手ごたえがある」とか。8月に同ビールを売り出したフロリダのスーパーでも、「けっこう売れている」とブログで報告している。
 「セレクト55」は、アンハイザー・ブッシュの「バドセレクト」(96キロカロリー)に代わる商品だ。55は、350ml1本(1缶)に含まれるエネルギー量を表している。実は、昨年の夏、ライバルメーカーのミラークワーズでも、「ミラー・ジェニュイン・ドラフト(MGD)64」というダイエットビールを新発売している。64は、55と同様エネルギー量を示す。商品のコンセプトが同じことと、先行の「MGD64」が、初年に期待以上の業績を上げたことがあいまって、「セレクト55」をコピー商品呼ばわりする輩も少なくない。だが、当のアンハイザー・ブッシュはどこ吹く風だ。米国内ビールシェアの半分を牛耳る同社にとってみれば、そんな陰口など痛くもかゆくもない。第一、「セレクト55」を全米展開するかどうかさえ、まだ決まっていないのだ。
 日本でも低カロリービールが注目されているが、最もエネルギー量の少ないサントリーの「ダイエット生」ですら77キロカロリーというから、それをさらに1割も3割も落としたビールとなると、一体どんな味がするのだろうと頭を傾げる読者諸兄も多いはず。気になるのはアルコール含有率だ。「64」は2.8%、「55」は2.4%。ビールの定義を復習しなければならないような低さだ。日本では、「ダイエット生」(3.5%)や、サッポロの「カロリーハーフ」(3%)が低いが、上記のビールはそれを大きく下回っている。
 「64」は“可能な限りにライトなビール”、「55」は“世界で最もライトなビール”をキャッチにしている。が、具体的に数字で示されると、いくら飲んでも太らないような気になるから不思議だ。多分ジュースや牛乳のほうがもっとエネルギーが高いだろう。世の中にどれだけ頭のなかでカロリー計算しながらビールを飲んだり、焼肉を食べたりしている人がいるのかわからないが、そうした人々にとってこれらの数字がおそろしい説得力を持つのは確かだ。
 ひとつ消費者として納得がいかないのは、どうしてアルコール分が2.4%しか入っていないビールが、その2倍もアルコール分が高く、味も香りも喉ごしも申し分ない一般のビールと、同価格で売られているかということ。原材料費が安い分、価格に反映すべきだと思うのは筆者だけだろうか。
 米国初のライトビールが生れたのは七五年。この間様々な新商品が登場した。今後も新コンセプトのライトビールが出てくるだろう。米消費者が自分にとっての適量を学ぶまで。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2010年01月号掲載