ニューヨークの大晦日

 ニューヨークの代表的なイベントに、大晦日にタイムズスクエアで催されるカウントダウンがある。この街が観光都市だったことを、嫌というほど思い出させられる時でもある。クリスマスから正月にかけて五番街にでも出ようものならさあ大変。一ブロックを歩くのに五分もかかる(普段は一分)。何しろすごい人で、人混みを掻き分けるというか、人の海を泳いで渡る感じだ。
 世界中から新年のカウントダウンの見物にやってきた数十万人の観光客のために、五番街の高級ブティックも夜遅くまで営業を続けている。数日前に、ロックフェラーセンターのジャンボクリスマスツリーを見上げ、敬虔な気持ちに浸った市民も、大晦日が近づくにつれそわそわし始める。若い世代の最大の関心事は、新年をどこで、誰と、どんな風に過ごすかということ。今年こそ寒空の下カウントダウンに挑戦するぞという人もいるが、大概のニューヨーカーは、自宅や知合いの家に何十人も集まって、朝までどんちゃん騒ぎをしたり、着飾って恋人や家族とホテルの大晦日パーティに出かけたりする。新しい出会いを期待する女性を狙って、店のウィンドーに飾られたドレスの丈がどんどん短くなり、露出度が増すのもこの時期だ。
 マンハッタンの酒店の人口密度が急に高くなるのも、この時期である。感謝祭から大晦日までの一ヶ月間で、年商の半分以上を売上げるという酒店の経営者にしてみれば、不況も異常気象もこの際関係ない。少しでも売上を上げようと、通常の二倍も三倍も販売スタッフを投入する店が目立った。就職難も手伝ってか、高級レストランのソムリエも顔負けといったプロの販売員が、四六時中スタンバイしている感じで、臨時のレジ台も増やし、売る気満々。酒が不況に強いことは万国共通のセオリーだが、回復の兆しを見せているウォール街への期待感が、酒類売上アップにつながった。
 奏功したのは、有名ブランドの中間価格ラインに品揃えを絞り、何アイテムかの人気商品の価格を五〜一〇%落としたこと。長引く不況で、どこも消費者の「トレードダウン」(価格の安い商品に乗り換えること)に悩まされてきたが、人気ブランドに割安感をプラスすることで、逆「トレードアップ」に成功した。
 ひとつ気になったのは、どの店もオンラインビジネスを拡大したと言いながらも、配達サービスの改善に努めなかったこと。今季は、一ケース以上とか、一定の買上額を配達の条件に出す店が多かった。小口注文可という店は、一五〇〇円もの配達料金を取った上に、配達には一週間もかかるということだった(翌日配達は二四〇〇円)。歩いて一五分程度の場所に配達するのに、一週間以上かかると言ってはばからない店主の正気を疑った。年末で道路が混んでいるとはいえ、顧客の便宜を図って、手押し車で食品を配達しているスーパーだってあるのだ。ネット販売を広げるのもいいが、その前に配達サービスを補強すべきではないか。どうしても納得がいかなかったので、大晦日用のシャンペンは自分で配達することにした。 
 余談になるが、日本と違って米国では、一斉取締りは滅多にない。が、さすがに大晦日の夜だけは、当局もオンラインで飲酒運転の一斉取締りを警告していた。が、あまり効果はなさそうだ。トゥイッターが検問ポイントを教えてくれるのだから。
注:米国では、ワイン一杯、ビール一缶程度の飲酒運転は許されている。
(たんのあけみ・NY在住)

月刊 酒文化2010年03月号掲載