日本のウイスキーの力

 先日、日本の二大ウイスキーメーカーの話が、ウォールストリート・ジャーナル紙に大きく取り上げられた。ヘッドラインは、“海外市場開拓に乗り出す日本のウイスキーメーカー”(意訳)。内容は、かつてサラリーマン文化に支えられた日本の国内ウイスキー市場が、全盛期の五分の一に縮小してしまったいま、同カテゴリー売上が伸びている欧米市場に向けて、日本の大手メーカーが、二ケタ台の売上上昇を見込んで動き出したというもの。
 記事には、商品写真こそ載せられてはいなかったものの、東京で行われたスコッチウイスキーの試飲イベントと、サントリー工場の大きな写真が紹介されていた。世界最大手の酒類メーカーでも、同紙でこんな風に商品名入りで扱われることは滅多にない。メーカーにとっては願ってもないチャンスである。サントリーさんもニッカさんも、極めて優秀な広報担当者を抱えているらしい。日本航空の経営破たんやトヨタのリコール問題など、日本にとって好ましくないニュースが、連日米紙のトップに書き立てられるなか、日本のウイスキーのクオリティの高さが殊更強調されたこの記事は、一陣の涼風のような清々しさを与えた。
 今世紀に入ってからというもの、2社揃って、国際酒類コンテストの栄冠を次々に獲得し、世界中のウイスキー党に小気味よいアッパーカットを食らわせたのは確かだ。日本人は酒とビールしかつくれないと考えていた多くの欧米人にしてみれば、目からうろこだったに違いない。いまでこそあちこちの酒店で「山崎」を見かけるようになったが、10年前に日本製ウイスキーを扱っている小売店といえば、シカゴやニューヨークの限られた店しかなかった。
 日本のウイスキーの米国メジャー・デビューは、なんといっても映画「ロスト・イン・トランスレーション」であろう。ワイン生産者としても知られる巨匠コッポラ監督の愛娘ソフィアが撮った佳作が、サントリー「響」の名前を世界中に知らしめた。日本のウイスキーメーカーが、米国俳優を招いて日本向けTVコマーシャルを撮る─というコンセプトが、当時の欧米人にしてみれば奇想天外に思えたし、日本製のウイスキー自体がジョークに聞こえた。
 その響12年が、満を持して昨秋、米国に上陸した。まだ店頭では見たことはないが、ネット販売はされているようだ。価格をチェックしたところ、ニューヨークの某高級店では、67.95ドルで売られていた。結構な値段である。かたや山崎12年は、近所の庶民的な酒店で44.95ドルで販売されていた。これより2割安値で売っているネットショップもある。日米の酒税の違いもあるが、日本の価格よりずいぶん安い。米国市場におけるシングルモルトの価格としては、高からず低からずという感じだ。だが、一般的アメリカ人の価値観からしてみれば、どちらも間違いなく高い部類に入るだろう。
 同紙によると、響の昨年の海外売上は6000ケース。今年はそれを8000ケースに上げ、山崎の海外売上を3万1000ケースにまで上げる意気込みだ(昨年は2万5000ケース)。かたやニッカは、竹鶴ピュアモルト21年を、年内に米国で販売開始予定とのこと。来年あたりはニューヨークのバーで、「日本のウイスキーはどんな銘柄があるの?」と訊いたら、こちらのバーテンダーがたどたどしい日本語で、「ヒビーキ、ヤマザーキ、タケツールがあります」と答え返してくるかもしれない。楽しみだ。 
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2010年04月号掲載