クーポン中毒

 最近、こちらのスーパーやドラッグストアで、割引クーポンを使う人が増えている。1、2年前まで、スーパーのレジでクーポンを使うのは、かなり抵抗があった。というのも、後ろに並ぶ客が、あからさまな非難ビームを送ってくるからだ。が、出口の見えない不況のなか、たかだか50セントや1ドルの割引きといえど、家計への貢献度を考えたら無視できない状況になってきた。さすがにマンハッタンでは、1、2枚使うのが精一杯だが、郊外のスーパーでは、クーポン専用の分厚い財布を取り出し、レジ台で10分も粘った挙句、勝ち誇ったように何枚ものクーポンを使う凄腕の主婦が出てきた。“クーポン中毒”という症候群も現われて、手元にあるクーポンをすべて使い切らなければ安眠できない主婦とか、クーポンで獲得した戦利品を、ピラミッドのように積み上げ、その写真をブログに載せて、毎日更新しているヘビーユーザーもいる。
 酒類のカテゴリーでは、ビールとハードリカーのクーポンがよく出回っている。特にビールは、値上げの影響もあって、昨年全米売上高(ユニット売上)が2%落ちたため、メーカーも躍起になってプロモーションを行っている。
 マルチパックやケース売りビールにクーポンが使われることが多いが、一番の人気は、1箱に30本の缶ビールが入った“30パック”だ。フリッジパック(冷蔵庫用パック)とはいうものの、家庭用の冷蔵庫にはとても納まりきらない超ジャンボサイズ。これ専用の冷蔵庫を買うか、ばらして1缶1缶冷蔵庫に詰めるか、いずれにせよとんでもなく使い勝手の悪い商品である。それが売れているというのだから呆れる。買い得商品に群がる消費者心理はあなどれない。ちなみに、ケグと呼ばれる樽入り生ビールは、割引額が他の商品よりぐんと高いため、正価で買う客は滅多にいない。ほとんどが、スーパーや酒店のチラシか、ネットでクーポンをサーチして、割引価格で買っている。
 ハードリカーで面白いのは、同じ店で景品付きのプロモーション商品と、通常の商品(中身はまったく同じ酒)が、ぜんぜん違う価格で売られていること。店主に訊いたら「仕入値が違うから価格も違う」と言うのだが、グラスや他の景品とのセット価格が、景品なしの価格より10ドルも15ドルも安いのは、顧客としてはどうもしっくりこない。せめてプロモーション期間中は、景品のついていない(同じ)商品を、棚から降ろしてバックルームに仕舞えばいいものをと思ってしまう。気の毒なのは、目当ての商品がプロモーション中だと気付かず、同じ酒を正価で買わされた客だ。
 ワインは、他のカテゴリーほどロイヤリティが高くないこともあって、クーポンもあまり出回っていない。たまに知名度の高いナショナルブランド・メーカーが、新聞広告やチラシにクーポンを載せる程度である。それより顧客は、“ワイン全店20%引き”とか、“1本買うと2本目は5セント”という店頭割引きセールを首を長くして待っている。行きつけのワインショップがネットで提供しているクーポンを印刷して、それを持参する客もよく目にする。
 同様に日系のスーパーでは、定期的に製造年月日から9ヶ月、あるいは10ヶ月過ぎた日本酒(加熱した日本酒。生酒はもう少し期間が短い)の大売出しを行うので、このあたりに住む事情通のアメリカ人は、それを見込んで日本酒を買い控えている。これが、日本酒メーカーや同小売店の泣きどころだ。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2010年05月号掲載