ホワイトドッグを追いかけて

 ずいぶん前にケンタッキーのウイスキー工場で、“ホワイトドッグ”と呼ばれる蒸溜したばかりの液体を試したことがある。どんな味だったかはっきり思い出せないが、アルコールとトウモロコシの匂いが強烈だったことはよく覚えている。  
 何よりも驚いたのは、熟成する前のバーボンが無色透明だったことだ。それまで何の根拠もなく、バーボンは最初から琥珀色だと信じ込んでいた。工場では、内側をバーナーで焦がしたオーク樽も見せてくれた。そのとき初めて、バーボンのあの深い色合いやスモーキーな香りが、樽のなかで熟成されているときにつけられたものだということを学んだ。
 そのホワイトドッグ(米国では“ホワイトウイスキー”や“ムーンシャイン”とも呼ばれている)の記事が、西海岸や東海岸の新聞にちらほら取り上げられるようになったのは1、2年前のこと。小規模経営のウイスキー蒸溜業者が、ホワイトドッグを期間限定商品として売り出したところ、期待以上に売れて、じわじわとファンが増えているという内容だった。ぜひ一度試してみたいと思って近くの酒店をのぞいてみたが、どこもまだ扱っていない。以前パーティで知り合った人が、ホワイトドッグを手に入れたと言っていたのを思い出して問い合わせてみたが、それは生産工場でしか売らないギフト用のノベルティ商品ということだった。
 折りしも今年の2月、『ホワイトドッグを追いかけて(あるアマチュア・アウトローの密造バーボン冒険)』という本が出版されたことが、ウイスキー愛飲家やレア酒ファンたちの“まぼろしのホワイトドッグ探し”に拍車をかけた。
 そうこうしているうちに、ホワイトドッグのフライト(試飲メニュー)をサーブしている店が、ブルックリン区のウィリアムズバーグにあるという情報が入ってきたので、早速出向くことにした。ウィリアムズバーグ橋の袂に広がる同地区は、倉庫を改装したロフトタイプのアパートが多く、若手のアーティストや音楽、映画関係者らが好んで住むエリアとして知られている。レストランやバーも、すっかり商業化してしまったマンハッタンにはないようなユニークで味のある店が集中している。
 ホワイトドッグのフライトメニューを出しているというバーベキュー専門店“フェッテ・ザウ”(ドイツ語で“太った豚”という意味)は、地下鉄駅から徒歩5分ほどの大きな通りに面していた。古い自動車部品工場を改装したというフェッテ・ザウは、文字通りインダストリアルな雰囲気の店で、おが屑が敷かれた床の上には、公園でよく見かけるピクニックテーブルが置かれ、白いレンガ壁一面には、肉牛と豚の部位が描かれている。バーカウンターは、壁もカウンターも白タイルが張られ、スツールにはトラクターの座席が取り付けられている。ひやっとするのは、リカー棚の真ん中に、肉職人の神器(肉切り包丁)がずらりと並べられていること(同店はニューヨークでも1、2を争うバーベキュー専門店)。注目のホワイトドッグは、ニューヨーク産やウィスコンシン産など5銘柄が取り揃えられていた。フライトメニューは、5品のなかから好きなものを3品選んで注文する(14ドル)。試飲した印象は、昔試したものと比べると、味も匂いもトーンダウンして、飲みやすくなっているということ。好き嫌いはあるにせよ酒として十分に楽しめるし、透明なのでカクテルにも利用できる。市場に定着するかどうか興味のあるところである。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2010年07月号掲載