眼からウォッカ

 ユーチューブを通して英国からアメリカに渡ってきた“ウォッカ・アイボーリング”という飲み会の余興ゲームが、喧々囂々たる非難を浴びている。アイボールは眼球のことだ。つまり、ここでいう“ウォッカ・アイボーリング”とは、ウォッカを眼球に注いで酔っ払うゲームのことだ。一種の飲み比べゲームで、イギリスやスコットランドの大学キャンパスで流行り始めたらしい。もっともスコットランドでは、アルコール度が40%以上もあるシュナップス(ドイツの蒸溜酒)を、ウォッカの代わりに使っていると聞いている。一部の過激な若者たちの間では、“ロシアン・ルーレット”のような一種の肝試しゲームとして、この危険なゲームを楽しんでいるらしい。一体どこの誰が考えついたのかは知らないが、酔狂にも程があるというものだ。
 方法は、至って簡単だ。アイカップで眼をすすぐときの要領で、頭を少し後ろに倒し、片目にウォッカの注ぎ口(あるいはウォッカの入ったショットグラス)をあてる。その後は、眼を何度か瞬かせて、その痛みに耐えるだけだ。がまんした時間が長ければ長いほど、勇気があるということになる。
 大学に進学するだけの知能があれば、そんな非科学的な方法で果たして酔うことができるかどうかわかりそうなものだが、若気のいたりというか、わけもなくはやりたつ心が、彼らを5歳の子供でも危険だと感じる愚行に駆り立ててしまうのだろう。本人たちは、「眼球の粘膜を通してアルコールが血流に入り、眼球の裏側の血管に流れていく」と、まことしやかに証言しているが、要は楽しく酔っ払えればいいわけで、科学的根拠があるかないかを気にするような思慮分別のある学生であれば、はなっからこんな馬鹿げた真似はしない。
 何よりもおそろしいのは、ウォッカ・アイボーリングを実際に試した若者たちの実写ビデオが、800件もユーチューブにアップされているという事実だ。いくつか見てみたが、これが毎日何万人、何十万人もの学生やティーンエイジャーに見られているかも知れないと思うと、何とかしてこれは削除すべきだと思う人がいても無理はない。聞けば、フェースブックにも、ウォッカ・アイボーリングの特別ページが設けられているとか。こうしたソーシャル・ネットワーキング・サイトの影響力はテレビやラジオの比ではない。電波媒体は再放送しなければそれで終わりだが、ユーチューブやフェースブックは、望めば何度でも動画を見ることができる。テレビにはそう簡単に出られないが、ユーチューブにはホームビデオで撮った動画を自由自在にアップできる。
 すでに米国のテレビ局や新聞社では、このゲームの危険性を何度も報道している。が、こうした警告が当の本人たちに届くことはまずない。なぜなら彼らはテレビのニュース番組や新聞を読んだりしないからだ。忸怩たる思いでいたら、「ウォッカ・アイボーリングは眼に危害を与える危険性があります」という動画がユーチューブに現れた。さらに、経験者を実名、写真入りで載せた英国新聞社のインタビュー記事について書かれたブログが何十も見つかった。
 その記事には、「時計の針を巻き戻せるならそうしたい」と語る22歳の女性が載っていた。ウォッカで角膜を傷つけてしまった彼女は、ずっと涙とぴりぴりした痛みが止まらない状態で、眼科医には今後視力がどんどん衰えていく可能性が高いと言われているそうだ。彼女の苦い経験が1人でも多くの若者に届くことを祈らずにはいられない。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2010年08月号掲載