野外イベントを盛り上げる酒

 ニューヨークの夏の歳時記に、無料の屋外イベントがある。シェイクスピア劇から創作舞踏、オペラ、映画、古典音楽やジャズ、ラップのコンサートまで、著名な演奏者や歌手による優れたパフォーマンスがセントラルパークやその他の公園で催される。なかには有料の出し物もあるが大方無料で、一般市民にとって、普段敷居の高い舞台芸術や演奏を楽しむまたとない機会となっている。
 こうした野外イベントに欠かせないのは、ピクニック弁当だ。毎年夏になると、公園近くのデリでは、趣向を凝らしたイベント用の弁当を売り始める。上質のスモークサーモン、生ハム、ナチュラルチーズ、オリーブ、新鮮な果物が詰められたオードブルセットと、きりりと冷えた白ワインが何本かあれば申し分なしだ。
 場所取りのため先に会場に向かった友人たちと合流するころには、あたりは暮色に染まり、あちこちでささやかな酒宴が始まる。ちなみにニューヨーク市では、屋外で飲酒してはいけないという法律があるが、こうした野外イベントでは、お巡りさんも見て見ぬふりをしている。それでも気になるという人は、ジュースの瓶や他の容器にワインを移し替えて持ってきている。缶ビールは、“ブラウンバッグ”と呼ばれる茶色の小さな紙袋に入れて飲む。むろん、ラベルを隠すためだ。本人たちはうまく隠して飲んでいるつもりだが、中身がビールだということは子供でも知っている。公然の秘密ながら、問題でも起こさない限り、誰かに見咎められることもない。
ところが、最近市内他所の野外イベントで、ワインをボトルから注いで飲んでいたグループが、お巡りさんに違反チケットを切られるという事件が起きた。罰金は一律25ドルで、飲んでいない人もチケットを切られたそうだ。ショックである。
 ニューヨークの海水浴場でも、飲酒は禁止されている。が、大概の海水浴客は、大きなクーラーボックスにありったけの缶ビールと氷を詰めてやってくる。冷えたビールを売り歩く売人も一ヶ所に何人もいる。浜辺に捨てられた空き缶を回収するだけでも大変な作業だが、さすがに当局も、酒を飲んでいい気分で眠りこけている海水浴客をわざわざ取り締まることまではしない。
 西海岸のサンディエゴでは、3年前に酔っ払いが引き起こした暴動がきっかけとなり、以来海水浴場での飲酒が禁止されている。浜辺にパトカーが乗り入れ、10人ほどの逮捕者も出た。それまで南カリフォルニアで唯一浜辺での飲酒が許可されていた町だったため、規制緩和を求める声も上がっているが、望みは薄い。それが昨年あたりから暴動の起きたビーチで、波打ち際に大きな浮き輪やゴムボートを浮かべ、それに乗って酒を楽しむ海水浴客が目に見えて増えているらしい。彼らの言い分は、”陸の上“では飲酒禁止だが、”水の上“では合法的だということである。最初法の網目をくぐることを思いついた地元の男性が、不特定多数の人々にツィッターで、浮き輪と酒を持ってビーチパーティに参加するよう呼びかけたのだそうだ。サンディエゴのビーチが、瞬く間に浮き輪で埋まったことはいうまでもない。いまでは浮き輪と浮き輪を綱で繋げて、大きな輪を作り、団体で波打ち際のパーティを楽しんでいる。こうしたパーティを、”フロート(浮き輪)“と”ユートピア(楽園)“を併せて”フロートピア“と呼ぶ人もいる。
 残念なのは、山や海など、大自然のなかで友と酒を酌み交わすささやかな市民の楽しみが、一部の人々の無責任な行為によって、次から次へと禁止されていることである。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2010年10月号掲載