女性の心をつかむワインバー

 我が家の近くにおしゃれなワインバーが、雨後の筍のように増えている。少し前までピザやサンドイッチを売っていた店が、あれよあれよという間にスタイリッシュなワインバーに大変身。いままで幅を利かせていたご近所のスポーツバーやアイリッシュバーの影がどんどん薄くなりつつある。
 一番近くにあるワインバーは「BIN71」だ。名前を見て、ペンフォールド(BINシリーズを出しているオーストラリアのワイナリー)の直営店かと思ったがなにも関係はないらしい。“BIN”はかつて“瓶熟庫番号”に使われていたとかで、“71”は店がコロンバス街の71丁目にあることからつけられた。マンハッタンのワインバーはどこも判で押したように小さいが、コの字型の大理石カウンターを中央にでーんと置いたBIN71も、隣客と肘と肘がぶつかるほどの狭さだ。テーブル席もあるが、収容できるのはせいぜい25人というところか。歩道脇にも幾つかテーブルを並べていて、夏場は10人ほど座ることができるようになっている。
 ワインメニューを見ると、初心者から中級者まで心行くまで楽しめる米、仏、伊、独、豪の中間価格帯ワインが過不足なく揃えられている。グラス売りが43品目、ボトル売りは120品目。ハーフボトルやビールも揃えている。グラス売りワインの価格帯は、8ドルから20ドル。マンハッタンでは、中の下に該当する。ちょっと高級な店では、一杯30ドルとか50ドルのワインを置いているところもある。例えばシャンペンに特化した「フルート」という老舗ワインバーでは、ハーフグラスからシャンペンを出しているが、一番安いものでも20ドルはする。
 米ワインバー業界で最近もっとも注目されているのは、フードのバラエティやクオリティがいままでとは比べ物にならないほど充実してきていることだ。BIN71も、フードメニューのユニークさが、大きな吸引力になっている。かつてバーで出される料理は、”バーフード“(居酒屋料理)と呼ばれ、まずい料理の代名詞だった。が、いまではよりトレンディでかつヘルシーなメニューを積極的に取り入れるバーが主流になりつつある。食べ物のクオリティが低いと女性客が来ないからである。
 昨今のワインバーの隆盛には、女性客の動員が大きく関わっている。この店にもブルーチェッタやセビーチェやフリタータなど、舌をかみそうなイタリア料理が盛り沢山採用されている。一応ナイフやフォークも出されてはいるが、ほとんどが手づかみで食べられる“ワンハンド・フード”だ。手がよごれない串刺し料理も多い。驚くのは、デザートも出していることだ。それも外部から仕入れたものではなく、自家製の手作りデザートである(6品目)。
 ワインバーのメニューの特徴を挙げると、前菜もメイン料理もデザートも価格帯がほぼ同じだということ。つまり、何を頼んでも(あるいは頼まなくても)オッケーという気軽さが人気を呼んでいる。フライト(試飲)メニューも4種類あって、例えば「白2銘柄、赤2銘柄どれでも24ドル」というような、まさにいろいろな銘柄を少しずつ試したい女性客にうってつけのメニューもある。
 米経済紙によると、ニューヨーク市には現在237のワインバーが存在し、昨年オープンした店だけでも69店に上るそうだ。景気回復が待たれるなか、初期投資がそれほど高くなく、若い女性客を多数動員できるワインバーの人気はまだまだ続きそうな気配である。
(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2010年11月号掲載