人気の酒カクテル

 下世話な話が三度の飯より好きだという知人から聞いた怖い話がある。サンフランシスコ郊外に、“ブラック・サムライ”をメニューに載せたレストランが開店したというのである。ブラック・サムライは、酒ベースのカクテルのひとつだ。発祥の地は、イギリスともアメリカとも言われているが、実際にバーのドリンクメニューに載っているのを、この目で見たことはない。そもそもレシピが、いかにもブラック・ジョーク(悪ふざけ)っぽい。“サケティーニ”(サケマティーニ)を邪道呼ばわりする日本人は少なくないが、ブラック・サムライと比べたらまだまだ許容範囲に入るというものである。
 ロンドンで教わったブラック・サムライのレシピは、ショットグラスに酒を3分の2まで注ぎ、それに醤油を注ぎ足して、ぐいっと一気に飲みほす、というものだった。聞いた瞬間に興ざめした。ところが、件の友人の話によると、そのサンフランシスコのレストランでは、“酒2醤油1”の割合ではなく、グラスに注がれた酒に、醤油を数滴たらした状態、つまり醤油色というより、酒にやや色がついた状態で出されていたらしい。使われていた酒は、松竹梅の吟醸酒で、グラスには大きく“ジンロ”と書かれていたそうだ。これはウケた。気になるのは味だが、本人は「思ったほどひどくなかった」とあやふやな陳述をしている。
 酒カクテルの王様とも言えるサケティーニが、アメリカで市民権を得たのは90年代初め。語尾の“ィーニ”は、言うまでもなくマティーニをもじったものだ。当時は、ジンに変わってウォッカベースのマティーニが注目され始めていた。ウォッカにリンゴジュース、リンゴサイダー、リンゴリキュールをミックスして作った“アップルティーニ”や、世界中にセンセーションを巻き起こした人気TV番組『セックス・アンド・ザ・シティ』でお馴染みの“コズモ”(コスモポリタン。材料は、ウォッカ、トリプルセック、クランベリージュース、ライムジュース)が、都心に住む若い女性たちの心を捉え、甘酸っぱい創作カクテルが次から次へと誕生した。
 ニューヨークやサンフランシスコのオシャレな日本食レストランで、ベルモットの代わりに日本酒を使ったサケティーニを、積極的にカクテルメニューに取り入れ始めたのもちょうどその頃だ。もっと遊び心のある店では、ウオッカの代わりに酒とオレンジジュースをミックスした“サケスクリュードライバー”や、ベルモットの代わりに酒をライウィスキーにミックスした“サケマンハッタン”や、同量の酒とウォッカとコアントロとクランベリージュースをミックスした“サケコズモ”を売り始めた。
 主に米国産の清酒を出している非日本人経営の店では、“サケボム”(酒爆弾)という一気飲みが流行り始めた。まずグラスにビールを注ぎ、それに箸を二本渡して、その上に酒の入った猪口を置く。そして「イチ、ニ、サン!」(もちろん日本語)の掛け声でテーブルを叩いて猪口をグラスの中に落とし、それを「カンパイ!」と叫びながら一気に飲む。酒は燗をした酒を使う。韓国の“爆弾酒”からきたようだが、郊外の日本食料理店では結構流行っている。酒の楽しみ方に邪道はないが、日本酒を誇りに思っている我々にしてみれば複雑な心境だ。昨日ブラック・サムライを出している件の店に電話したところ、すでに閉店した後だった。(たんのあけみ:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2011年07月号掲載